「逆張り」買収戦略で、世界の自動車地図を書き換えられるか。
2025年11月号 BUSINESS

日本の自動車部品メーカーを手中に収めるマザーサン・グループのヴィヴェク・チャンド・セーガル会長(本人フェイスブックより)
インドの自動車部品大手、マザーサン・グループが日本で存在感を示し始めている。ホンダ系列に相次いで手を伸ばし、経営再建中のマレリホールディングスのスポンサー候補としても一時取りざたされた。電動化の進展で、グローバルサプライチェーン(供給網)の地殻変動が起こる中、新興勢力が日本を舞台に大きなうねりを作ろうとしている。
マザーサンは1975年にヴィヴェク・チャンド・セーガル氏が母親と共に立ち上げた銀取引の小さな事業が発祥。77年に電線製造に乗り出し、83年には住友電装と技術提携。自動車用ワイヤーハーネス事業に参入し、飛躍への扉を開いた。インドのマルチ・スズキとの関係を軸に事業を拡げ、93年に株式上場。その後は英企業のミラー事業や独企業の内装部品事業、フィンランド企業などを相次ぎ買収、40件超のM&Aで世界40カ国以上に拠点を持つ巨大サプライヤーへと成長した。
2024年3月期の売上高は約1兆6500億円。ワイヤーハーネスなどが柱で従業員数は約18万9千人。地域ごとに意思決定を分散させ、特定顧客や製品に依存しない経営哲学を掲げる点が特徴だ。最大顧客のメルセデス・ベンツでも売上比率は1割に満たず、VWやBMW、マルチ・スズキなど多様なメーカーと取引を広げている。
発展を支えてきたのが住友電装との提携。初期から技術指導と資本参加を受け、経営陣は「日本企業から学んだ」と、親日的な姿勢を示してきた。近年は日本勢への投資が加速。23年には市光工業のミラー事業、24年にはホンダ系の八千代工業を、25年には同じくホンダ系のアツミテックを買収。排気系部品を主力とするユタカ技研のTOB(株式公開買付け)を進め、完全子会社化を見込む。
注目を集めたのが、経営再建中のマレリ。旧カルソニックカンセイと伊マニエッティ・マレリの統合で誕生したマレリは、投資ファンドのもとで再建を試みたが、経営不振の日産の減産やコロナ禍などが重なり業績が低迷。今年、2度目の法的整理に入った。マザーサンはマレリを傘下にすれば、世界のサプライヤーランキングでトップ10入りが視野に入ったが、実現に至らなかった。
ある金融関係者は「今回はマレリを狙ったが、経営不振の同じ日産系列のサプライヤーに照準を合わせている」と声を潜める。河西工業やジャトコ、ユニプレス、ヨロズなどの一次下請けも日産への依存度が高く、業績は苦戦。EV化への対応やリストラを含めた事業再編などに追われている。
EVシフトや電動化で、燃料タンクや排気系、トランスミッションといった従来製品は縮小が不可避。だが、新技術への転換には投資も必要で、系列枠内では難しい場合も多い。世界のメガサプライヤーは再編を迫られ、欧米大手が電動化やソフト投資に軸足を移す一方、マザーサンは新興市場を基盤に、従来型の内燃機関系も取り込みながら成長を図る戦略を描く。
マザーサンにとって、日本は技術力の高いサプライヤーが多く、宝の山だ。系列の壁を越えつつ、技術や雇用を守る「受け皿」となれば、逆に同社にとっては、日本の技術や顧客層を取り込む好機となる。
一方で、企業をどう統合し、技術革新の波に対応できるかが課題となる。関係者は「グローバル競争で優位を保つには、電動化やソフトへの対応が不可欠」とみる。日本市場で確固たる地位を築くか。インド発の「新顔」が、日本のサプライチェーンの深部に食指を伸ばし、世界の自動車地図を書き換えようとしているのは確かだ。