日本企業に影響を与えそうな話を一つも聞かず、来日したCEOにゆる~い質問ばかり。
2025年11月号 BUSINESS

クックCEOはアップル銀座のスタッフとハイタッチ
Photo:Jiji
「今回のインタビューは制限時間など様々な制約のもとで実施されています。この点、ご了承ください」――。ある民放の有料配信サイトに「お断り」を小さく書き添えた動画がアップロードされたのは10月2日。これを目にしたベテランIT記者は「言い訳をするくらいならインタビューするな」と言った。
IT界隈でちょっと話題になったインタビューを受けたのは米アップルのティム・クック最高経営責任者(CEO)である。9月23日に約3年ぶりに来日し、新装開店したアップルストア銀座店を訪問。岸田文雄元首相らと会い、アプリ開発者やサプライヤーとも面会した。
4日間の滞在中、貴重なインタビューの機会を得たのが冒頭の民放だったわけだが、内容がなかなかすごい。男性キャスターはクック氏に「CEO就任以来成長を続け、製品は世界中で愛されている」「銀座にたくさんのファンが集まっている」などと媚びを売りまくり、公式宣伝動画と見紛うばかりだった。
断り書きは尋ねるべきを聞いていないことに対する後ろめたさからなのだろう。視聴者からクレームがあったのかもしれない。本来であればトランプ米大統領の関税政策の影響や生成AI(人工知能)の製品搭載の遅れ、また、各地で強まる独占・寡占規制に対する見解を問うべきだった。
トランプ氏が目の敵にする中国との関税交渉は一時休戦中だが、アップルにとって潜在的なリスクであることに変わりはない。米国で販売するiPhoneの生産の大半を中国からインドへ移したものの、インドも相互関税の対象国だ。戦術か衝動かが判然としないトランプ氏の言動に振り回され続けている。
関税政策の背景にある製造の米国回帰の流れは日本勢にも影響する。代表例がソニーグループの半導体事業の柱であるiPhone向けイメージセンサーだ。ライバルである韓国サムスン電子がトランプ氏の政策を受けて米テキサス州の工場で生産する準備を進めており、アップルは購入する意向を示している。
アップルの調達戦略の変更は日本の産業界にも重要なテーマであり、クック氏の来日中に確認すべきだった。実際、同氏は9月25日にアップルが横浜市に構える研究開発拠点を訪れ、ソニーグループを含むサプライヤー幹部と懇談。この場に複数のジャーナリストが同行しており、取材の好機だったはずだ。
「フリージャーナリスト、コンサルタント」を名乗るA氏はその1人で、直後にアップルと日本メーカーの関係に関する記事を執筆した。だが、「iPhoneのカメラ性能を支える日本企業の技術」などと美辞麗句を並べるばかりでiPhoneに占める日本製部品が減少している事実には触れず、サムスンの一件も見事にスルーしている。
生成AI搭載の遅れも大切なテーマだ。韓国のサムスン電子や米グーグルが翻訳や画像加工で生成AIの活用を増やしているのに対し、アップルは遅れが目立つ。6月の開発者会議(WWDC)では音声アシスタント「Siri(シリ)」への応用が間に合わないと釈明する異例の事態に陥り、9月の新製品発表でもほぼ触れることがなかった。
やはりこの話題も冒頭の民放のインタビューを担当したキャスターを含め、取材したジャーナリストは一様に回避している。「アップル広報が事前にAIを話題にしないよう強く求め、約束を破ったらその場で取材を打ち切ると通告した」(アップル関係者)とされるが、ここまで徹底すると異様ですらある。
そして、世界各地で強まる独占・寡占規制も避けられた話題だ。日本ではアプリ配信や決済などで参入障壁を下げる「スマホソフトウェア競争促進法(スマホ新法)」の施行が12月に迫り、公正取引委員会が公式SNSで周知活動を強めている。アップルの対応は焦点のひとつだが、この点についても分からずじまいだった。
ジャーナリストのB氏は都内でアプリ開発者と交流するクック氏を取材してその様子を記したが、掲載したクック氏のコメントは「規制当局と引き続き議論する」といった通り一遍な内容だった。記事は規制が開発者にとってマイナスになるなどといったアップル側の主張を随所に散りばめ、公正さという観点から大いに疑問が残る内容だ。
重要なテーマを意図的に回避するほか、もはやファンの感想文としか思えない代物もあった。「クック船長は働き者。来日スケジュールを追ってみた」と題した記事でC氏はクック氏が「また会えてうれしい」と言ってくれたと喜び、「笑顔で対応を続けるクックCEOに本当に感動した」と記した。
もともとアップルは執筆、放送内容などをもとにメディアを厳しく選別することで知られ、自社にとって好ましくない報道を封じてきた経緯がある。関税や生成AIなどにより「不都合な真実」が増えるなか、今回の来日ではより締め付けを強めている様子が浮かび上がった。
今回の顛末の背景には別の事情もある。アップル日本法人で20年以上にわたって広報業務を担ってきたD氏の退職である。D氏は古株の御用ジャーナリストとの関係を重視する一方、後任が一部の入れ替えを主張した。だが、本社が承認せず、結果として「正常化」の機会を逸したというのだ。
こうしたアップルの姿勢は世界共通と思われがちだが、決してそんなことはない。例えば本国に当たる米国。長年、米CNBCで司会者を務める投資家のジム・クレーマー氏は9月にクック氏を取材し、新型iPhoneについて持論を語らせる一方、生成AIの遅れなどについても話を引き出している。
アップルのメディア支配は私企業の商行為の一環で「ご自由にどうぞ」だが、日本の世論や政策に影響を与えていることは考える必要がある。日本の政策は一貫してアップルに優しく、国内スマホ市場におけるシェアはおよそ6割を維持している。世界でも突出して高く、日本メーカーの大半が事業から撤退してアップルの植民地と化した。
そんなことを知ってか知らずか、クック氏のご機嫌な日本滞在が続く。最終日は大阪でアップルストア梅田店を訪問し、相前後してたこ焼きに舌鼓を打って甲子園球場で阪神戦を観戦した。最後のSNS投稿ではローマ字も用いて「ホスピタリティーをありがとう、日本!」。痛いところは突かず、各地で大歓迎。“宗主国”に対する立派なおもてなしである。