「2024年問題」の切り札が燃料高で撃沈。辣腕CFOが大ナタ。
2026年11月号 BUSINESS
「空飛ぶクロネコ」はわずか3年で翼を畳むことになった。

「空飛ぶクロネコ」はわずか3年で翼を畳む
Photo:Jiji
ヤマトホールディングス(HD)と日本航空(JAL)は9月、国内線の貨物専用機(フレイター)の運航を2027年6月をめどに終了すると発表した。ヤマトがエアバスA321型貨物機3機を導入し、JAL傘下のLCC、スプリング・ジャパンが運航するという異色のタッグは24年4月に鳴り物入りで飛び始めたが、わずか2年半で撤退を決めたことになる。いわばヤマトとJALとの「離婚」が決まった。
両社は今後も航空貨物で協力し、「ベリー」と呼ばれる旅客機の床下スペースなどを使った輸送は続ける。厳密には「航空貨物からの撤退」ではないが、それでも自ら貨物機を保有して定期運航するという野心的なプロジェクトに終止符を打つ意味は小さくない。
そもそもヤマトとJALというガリバー同士を結びつけたのは物流業界の「2024年問題」だった。トラック運転手への時間外労働規制が24年4月に適用され、長距離輸送の担い手不足が一段と深刻になる。物流各社が鉄道や船舶への「モーダルシフト」を急ぐ中、ヤマトが選んだ答えの一つが空だった。
首都圏と北海道、九州、沖縄を結ぶ幹線輸送の一部をトラックから航空機に切り替えれば、ドライバー不足を補いつつ翌日配送も維持できる。半導体や機械部品、生鮮品といった付加価値の高い貨物を取り込めれば、単なる宅急便とは違う法人物流の収益源にもなる。構想は長尾裕会長の肝煎りだった。
ヤマトがフレイター導入の検討に入ったのは19年のことだ。長尾氏自身、24年4月の就航式典では「初めての空へのチャレンジ」と胸を張った。3機を投入して一時は1日計21便を計画。羽田、成田、新千歳、北九州、那覇などを結び、深夜・早朝の時間帯を利用することで、陸送では難しくなる長距離の翌日配送を航空輸送で補う構想だった。
物流危機を救う新しいインフラ――。そんな華々しい構想をぶち上げてから、わずか2年半の間に一体何が起きたのか。
「開始当初から事業の採算性には疑義があった一方で、ドライバー不足は今後さらに深刻になる。社会的な要請もある中でまさにチャレンジといえる取り組みだった。それなりに荷物を確保していたようだが、引き金になったのはやはり燃料高だった」(メガバンク関係者)
ヤマトとJAL自身も想定外の撤退理由として認めているのが、円安と燃油高である。トラック輸送の人件費や燃料費が上昇したが、航空機も同じだった。しかも燃料消費量の多い航空輸送への打撃は想定以上に大きかったという。
「当初はトラックの人手不足で陸送費が上がれば、相対的に航空輸送との価格差が縮まるとみていた。ところが現実は逆だった。トラック輸送と航空輸送の価格差は当初想定に反して広がっていった」(物流業界関係者)
航空機は荷室を十分に埋めなければ採算は一気に悪化する。路線の見直し、高付加価値貨物の開拓、コスト削減を重ねても、計算は合わなかった。
何より大きかったのが経営の風向きが変わったことだ。長尾氏は4月に社長から会長へ退き、6月には櫻井敏之氏が社長に就いた。トップ交代で長尾時代の大型案件も例外なく採算性を洗い直す対象になり、その象徴がフレイターだった。
ヤマトの懐事情は厳しい。25年3月期の連結営業利益は142億円。26年3月期も当初400億円を見込んでいた営業利益を283億円へ3割下方修正した。宅急便の単価是正を進めても、人件費や委託費などの上昇を吸収できない。「稼ぐ力」の立て直しは待ったなしだ。
その改革で存在感を強めているのが、25年に総合スーパーの西友からCFO(最高財務責任者)としてヤマト入りした野村優専務執行役員だ。西友時代には、ディスカウント店大手のトライアルホールディングス傘下入りを主導した人物として知られ、名を上げた。ヤマトに入って掲げるのは、稼ぐ力の最大化。ヤマト関係者は「野村さんが主導し、足元では聖域なき事業仕分けが進んでいる」と明かす。長尾体制で「次世代物流」の旗印だったフレイターもその俎上に載ったということになる。
業績悪化が長引く中、野村氏の手腕への期待は膨らんでいる。「野村さんはまさに大ナタを振るっているような状況で投資家からの期待は高い。長尾さんも直前まで撤退を知らされていなかったようだ。長尾氏が始めた空への挑戦を、櫻井氏と野村氏の新体制が終わらせたということだ」(メガバンク関係者)
実は、佐川急便もかつて同じ壁にぶつかっている。佐川は05年、貨物専門航空会社「ギャラクシーエアラインズ」を設立。エアバスA300貨物機を投入し、羽田―北九州、羽田―那覇、羽田―新千歳、関西―新千歳を飛ばした。陸・空・陸をグループでつなぐ「インテグレーター」を目指し、アジア展開まで視野に入れた構想だった。
ところがこれはわずか2年で挫折する。07年度には年間約3万トンを運ぶなど需要がなかったわけではない。それでも燃油価格の高騰と整備費負担が収益を圧迫し、08年3月期には30億円の営業赤字、21億円の債務超過に陥った。その結果、08年10月に航空運送事業を廃止した。
ギャラクシーにはJALも出資していた。約20年前、佐川とJALが挑んで断念した宅配会社と貨物専用機を組み合わせたモデルに、今度はヤマトとJALが挑み、再び燃油高という同じ壁に阻まれた格好だ。
24年問題が消えないなかでトラック依存を減らす必要性はむしろ増している。ただ、鉄道、船舶、航空機を組み合わせたモーダルシフトが必要なことと、宅配会社が自ら貨物機を持つことに経済合理性がないという課題がある。ただ「大義はあってもガリバーのヤマトですら実現できなかった。それほどハードルが高い事業だということ。これで他に今後手を上げる事業者はもういない。日本でフレイターの灯は消えたといっても過言ではない」(物流業界関係者)。
宅配便の強さは、本来、大量の荷物を束ねてネットワーク全体の稼働率を高めるところにある。全国一律の宅急便ネットワークと、特定路線に大量の貨物を集めなければ採算が合わないフレイターでは、経済原理が必ずしも一致しないのだろう。
JALとの離婚で、クロネコは再び地上に軸足を戻すことになった。ヤマトの「聖域なき改革」はなお続く。