2026年11月号
LIFE
[病める世相の心療内科]
by
遠山高史
(精神科医)

絵/浅野照子(詩画家)
連日、システムにハッカー集団が侵入したなどのニュースが流れる。情報を伝えて拡散させる根本的な成り立ちを考えると、ネット上の情報は本質的に漏洩しやすいのではないか。実際、すでに高性能AIは外部システムに不正侵入できるところまで来ているといわれる。AIはもっと進歩し、世界中のことを把握し、人を操れるようになると唱える向きは多い。
かつて自治体病院の管理者たちの集まりで、有力な総合病院の院長が、患者情報の電子的管理と病院間共有を声高に主張しはじめた。当時、精神科病院の管理者だった私だけが異を唱えた。病院間の情報共有は、私が辞めたのち、院内の電子化がなされるまで進むことはなかった。
精神医療は他の医療と同じ構造では捉えきれない。病を癒すという点で共通するが、精神医療においては患者を取り巻く周囲の安全を考えた公衆衛生的配慮が必要で、また長い罹病期間を支えるための福祉的サポートが経過を左右する。このため、そういった機能の比重が相対的に少ない一般診療科と共存することが、逆に精神医療の機能を狭めるように働きかねない。事実、大型の総合病院でも精神科部門の縮小撤退が進んでいる。
実際、他の疾病の患者と比べ、精神科の患者は、情報共有、漏洩の影響を深刻に受けやすい。数日前の夕方の話をしよう。救急隊から診察依頼が入る。ある人がけいれん様の発作で倒れ、収容したが、通院中の精神病院に電話したところ、夜間の救急対応はできない、身体を診る病院に行くようにと言われた。そこで身体科だけの病院に電話すると、精神科の医者がいないから診られないと断られ、さらに精神科を併設する大病院に電話したら、すでに診療時間を過ぎていると断られた。心療内科のクリニックなら、身体を診ることもでき、精神の患者という理由でも受け入れてくれるだろうと試しに電話したという。総合病院や救急病院とは違って、十分な検査機器もない小さな診療所だが、病状の評価のため、受け入れることにした。
何らかの病気が疑われる患者を前にしても、専門外の疾病であれば誤診の恐れがあるため、よほどのことがなければ医師は診療を引き受けない。さらに精神の疾病が絡むと、受け入れる病院を探すことが格段に難しくなる。ありていに言えば、精神病院に通っているなどと言わないほうが、身体科での診療をしてもらえる確率が増すのだ。
結局その患者は独り身で、生活の行き詰まりと、併存する身体の不調からくる不安から、パニック発作が起きたと考えられた。併存する身体疾患から、入院治療の適用かと思われたが、夜間の受け入れ先はなく、朝まで待つしかなかった。離れて住む親族を何とか探し、いったん家まで送り届けてもらった。この場合、救急隊は家まで搬送出来ない。
この間3時間以上もかかったが、診療報酬はそれに見合うものではない。ただ、私のところが受け入れたことで、次の任務に就くことができた救急隊から感謝された。
この例からも、精神関連の疾病の治療は一般の身体医療の枠に収まりにくく、情報の共有は精神病者にとって好ましく作用するとは限らないと言える。情報漏洩による不利益度も大きい。
会議のときから15年ほど経つが、厚労省による電子化への強い指導はいまなお続いている。それでも私は患者の利益を損なう恐れのある電子カルテ化をせずにいる。