2026年10月号
DEEP
by
伊藤博敏
(ジャーナリスト)

安倍昭恵夫人と海光尼のツーショット(昭恵夫人の「スマイルトーク」より)
慶応大学三田キャンパス東門の近くに「弘法寺」という古刹がある。弘法大師空海が和歌山で高野山を創設した際、お経に旋律をつけて唱える「声明の道場」として創設され、明治中期に東京・三田に移設された。かつては歴史に相応しい風格のある平屋の本堂が建っていたが、2014年、「かろうと東京」という5階建ての納骨堂に改築され、本堂と寺の機能はそこに移された。
納骨堂は「お墓のマンション」だが、都心の「駅近」で市松模様の白壁に重厚な門構えを持つ弘法寺はそれにとどまらない。檀家の法事、春・秋の彼岸会、施餓鬼供養などの仏事の他、瞑想、写経、護摩祈祷などのイベントを行い、「仏道学院」「弘法寺エンターテラメント」といった「学び・遊ぶ場」も備えている。
代表役員の木村眞裕氏は、納棺師を描いた映画『おくりびと』で技術指導を行い、「おくりびとアカデミー」を設立した葬送業界の著名人。管長の小田全宏氏は長年、「陽転思考」を中心とした教育活動に取り組む一方、松下政経塾出身で政界に幅広い人脈を持つ。前回の都知事選では石丸伸二候補の選対本部長を務めた。その妻は深谷隆司元通産相の娘で「海光」の僧名を持つ小田恵理氏。小田夫妻は安倍晋三元首相夫妻とも親しく、昭恵夫人は弘法寺のイベントに何度も参加、オフィシャルサイト「スマイルトーク」には、海光尼が著した『空海さまの教え』の出版記念トークショーの模様をアップしている。

2014年に建てられた現代的な造りの弘法寺
その弘法寺が今、存亡の危機に立たされている。過去に都税事務所や企業に何度も差し押さえを受けていたが、今年5月18日、東京地裁から強制競売手続きの開始決定を受けた。弘法寺サイドが解決策を見つけることができなければ、裁判所の現況調査・評価を経て入札が行われる。結果次第で弘法寺の寺院機能が失われるだけでなく、納骨堂に納められた1200柱の遺骨が行き場を失う。過去、同じように強制競売が行われたケースでは、落札した不動産会社が納骨堂の遺骨を親族に返還し、引き取り手のない遺骨は業者が保管したままだ。
由緒ある寺歴と納骨堂併設への業態変換。華麗なる人脈によって納骨堂の新しいビジネスモデルを確立したかに見えた弘法寺に何があったのか――。弘法寺は2013年2月に地鎮祭を行い、翌年納骨堂が完成した。その前から筆者はこの件を取材していた。
当時は高野山金剛峰寺を総本山とする真言宗の寺であり「龍生院」が寺号だった。御府内(東京)八十八カ所霊場第十三番札所の古刹だが、三田が都心化するにつれて檀家数は少なくなり、運営は厳しい。その解決策として元副住職が打ち出したのが納骨堂の建設である。
当時、納骨堂はブームであり、元副住職は本堂の隣にプレハブを設けて「作戦本部」にし、墓地コンサルタント、自動搬送式納骨堂の業者、資金支援する金融業者などとの協議を重ねていた。だが、ネックがあった。元副住職の経歴である。彼は隠さず語ってくれた。
「ホント、厳しいですね。私の存在が知られた段階で(融資は)ダメになる…」
元副住職は大僧正の地位を持つ元住職の娘と結婚し、高野山での1年間の修行を経て僧籍を得るのだが、山口組系3次団体元幹部という経歴と懲役刑を受けた過去があった。僧侶になった時点で堅気となって5年以上が過ぎ、「5年ルール」によって行政や企業の「反社認定」は脱しているはずだが、世間はそう見ない。まして金融機関は厳しく、結局、融資は金利の高い金融業者に頼らざるを得なかった。
元副住職の目算では1基120万円の永代使用料で1万基を販売。120億円のビジネスとなり、さらに1万5千円の年間護持会費で運営費が賄えるはずだった。だが、事前活動に予想以上の費用がかかり、自動的に骨壺がお参りスペースに移動する最新式自動搬送システムを導入、エントランスに大理石を使用するなど細部にもこだわった結果、金融業者からの借入金は約57億円となった。しかも金利が7.8%で利払いだけで年間約4億4千万円。それに運営費や税金を加味すれば、毎月50基の販売がノルマとなり破綻は目に見えていた。
実際、販売開始から1年で利払いに窮し、納骨堂の使用権を1基60万円といった安値で販売、金融商品化する。ただ、自転車操業はすぐに限界に達し、金融業者による元住職を巻き込んだ「工作」によって、17年5月に解任される。ただ寺もそのままでは存続不能だった。元副住職が次のように解説する。
「龍生院は高野山金剛峰寺の末寺ですから、本来、借金にしても納骨堂の運営にしても本山の監督・指導を受けねばならなかった。それを半ば無視していたことがトラブルの表面化で知られてしまった。私の後継は自由な運営のために本山を離れるしかなく、龍生院は独立して単立法人となり、『大本山弘法寺』と名を変えるのです」
行政に対しても変更を余儀なくされた。墓地や納骨堂は墓地埋葬法によって都道府県知事(市や特別区は市長や区長)の認可・指導を受ける。港区では永続的な納骨堂運営のために土地や建物への抵当権の設定を禁じている。金融業者は区の指導によって67億円の根抵当権を抹消のうえ、葬送業界に顔の広い木村氏に運営を委ねた。債権債務が弘法寺にどう引き継がれたかは定かではないが、引き続き厳しい経営状態であったのは疑いない。それを証明するのが今回の強制競売である。
申し立てたのは札幌の不動産業者。龍生院時代の15年12月、龍生院と納骨堂を販売する提携法人は納骨堂使用権を1基60万円で不動産業者に売り渡した。ただ、販売はそのまま提携法人に委託し、3年後、販売できなかった分は1基80万円で買取請求できるという契約だった。納骨堂の金融商品化。販売基数と返済時期は変更されたが、最終的に契約した241基のうち販売に至らなかった200基分1億6千万円の支払いを求めた。不動産会社は令和7年6月、契約を引き継いだ弘法寺と販売提携法人を訴え、今年2月、原告勝訴の判決が下った。それを受けて強制執行申し立てが行われ、競売開始命令となった。
墓の形態は墓石に〇×家と刻む一般墓から、納骨堂、樹木の下に納骨する樹木葬、多くの遺骨をまとめて弔う合葬墓と変化しつつある。元副住職の構想はその流れに乗ったものではあったが、規模が大き過ぎ販売計画も甘かった。実は10年代以降、同じような理由で経営破綻する納骨堂は少なくなかった。では、葬送界を知悉する木村氏はどのような目算があって引き受けたのか。
木村代表には弘法寺を通し、あるいは電話やメールで依頼を重ねたが取材は叶わなかった。小田管長にも依頼したが、「経営は木村代表に属すること」と答えず、ただ「このお寺が多くの方にとっての心の平安の場になればと思い取り組んできました」と書面に記していた。確かに工夫を凝らした集客を行い、海光尼は今も連日、訪問客の対応に当たっている。小田夫妻の努力は認めるが、納骨堂が巨額投資を伴う金融ビジネスである以上、破綻も避けられない。
永続性の保証は誰にもできず、納骨堂はそれを承知の「遺骨置き場」と考えた方がいいのかも知れない。