2026年10月号
BUSINESS
[正体は「スカウト」]
by
松浦新
(朝日新聞記者)

東洋大学の就職課に掲示された注意喚起のポスター(筆者撮影)
「無許可の就活勧誘は禁止」「悪質エージェントに注意」――。
キャンパス内にこうした注意喚起のポスターを貼る大学が目立つ。ホームページやSNSでも警戒を呼びかける。
その対象は学生だけではない。勝手に大学構内に入って活動をする「業者」への警告の意味も大きい。なんとかして新卒学生を確保したい企業が「成功報酬」を出すため、そこにつながる端緒でいいから作りたい業者もいる。中には、学内を歩き回って学生に直接声をかける不届きな業者までいるというのだ。
多くは学生のネットワークを使って入り込む。例えば、学生がイベントのためとして借りた教室で、その学生に内定を出した企業の説明会が開かれる。学生が友人を集めたゲームパーティに業者が現れる。校門の前で待ち構えるだけでなく、中まで入ってチラシを配る。さらに、運動部の学生は企業の採用意欲が高いため、ターゲットになりやすい。部活に打ち込む学生は就活が後回しになりがちなので、学生のためにもなるなどと、言葉たくみに顧問を取り込もうとする。部活の資金欲しさに紹介料を受け取る顧問もいるという。

立教大学の就職ガイダンス資料に掲載された注意喚起(立教大学提供)
こうして集めた学生の個人情報は、「エージェント業者」に売られることがある。学生の「代理人」を標榜しており、学生には「エントリーシートの書き方や面接の受け方を無料で教える」などと宣伝している。利用した学生によると、最初の面談では希望する業界や会社名などを聞くカウンセリングがあり、いかにも学生の希望を実現する手助けをするかのように振る舞うという。ほとんどがオンラインの面談で、面接の「練習」は数日に1度設定されることもあるという。
こうした手間が無償で提供されることは考えにくい。実際には、運営費は採用したい企業から出ている。それは実績に応じて出ることが多く、その相場は、学生が「内定」を承諾した場合に1人あたり100万円程度とされる。採用が難しい小規模な会社や学生の人気が低い業界は高くなることがあり、大学のランクによる増減や、運動部の学生は評価が高いといった違いもあるとされる。
こうしたエージェント事業をするためには、職業安定法にもとづいて、厚生労働省で「有料職業紹介」の許可が必要になる。プロスポーツの世界でエージェントといえば、選手のために球団と交渉をする仕事だが、それが特定の球団から報酬をもらっていたら信頼されない。求人企業から報酬をもらう就活エージェントの正体は「スカウト」だ。それを説明せずに、無償で学生のために支援すると売り込んでいる場合は信頼してはいけない。
実際は「本当の依頼主」のところに送り込むことが目的なのに「大手ホワイト企業を最終面接から受けられる」などという誘い文句も使う。LINEにまで届くこうした案内を受け取った学生が面談に行くと、その話は出てこず、関心がない企業の面接に行くようすすめられたという。面接の練習といっても、繰り返し自分たちの依頼主を選ぶように仕向ける「マインドコントロール」のような内容だったと振り返る。

今年3月でサービス終了した「リクナビ就活エージェント」
そのエージェント業者の取材に行くと、対応した代表は、自社のことではないとしながら、次のように熱く語った。
「年収1千万円欲しいと言っていた学生がいたとします。一般的な企業の人事は『ホワイトで稼ぐことができます』と言います。でも、それを信じると後悔する。だから、こっちにしたほうがいいんじゃないか、と説明している可能性はあります。1千万稼ぎたいならこの会社に行くしかないよ。稼ぎたくないならいいけど、と」
エージェント業者にとって、依頼企業以外に決まると1円の収入にもならない。そのことについても、こう話した。
「10人いて1人決まるかどうか。90%はボランティアです。例えば、面接で自己紹介もできない学生がいる。ダメな学生を教育してあげるのが僕らの仕事。その子のためにテンプレート(模範解答)を作ってあげるんです」「早稲田とか慶応とか出て、大手商社に入れば、収入は自然に上がっていく。大学のランクが低い子はこれまで努力してこなかった。その延長で仕事をして稼げるようになると思いますか」
実際に、就活のエージェント事業は楽ではない。1人からでも始められるなど、比較的参入がしやすいためだ。一方で、依頼企業は学生が内定を承諾したら報酬を払う契約が一般的だ。複数のエージェント業者に頼んでも、結果が出たところに払えばよい。応募がなくても掲載費を払わなければならない求人広告に比べて、費用対効果がわかりやすい。エージェント業者は学生が依頼主以外の会社に就職するリスクに加えて、同業者に先を越される心配もしなければならない。
さらに、最近は就活の長期化も加わった。企業は内定で報酬を払うが、その学生が結果的に辞退すると全額を返金しなければならない。就活の早期化で、内々定を出すタイミングは早くなった。学生を確保したい企業は内々定では安心できず、大学3年生のうちでも内定承諾を取っておきたい。学生側にしても、安心材料が欲しいことなどから、深く考えずに承諾を出してしまうことが増えている。結果的に内定の辞退が増えており、せっかく得た報酬の返金が増えている。
これは企業の決算にも現れている。就活情報サイトを運営しながらエージェント事業も営む「ポート」(東京都新宿区)は、東証グロースに上場して、決算を公表している。決算書にエージェント事業で得た報酬の全てを売上高として計上すると、返金が生じた時に損失が発生する。そのため、支払いを受けた報酬の一定割合は売上高に含めず、「返金負債」として計上する預かり金のような処理をする。その金額は2026年3月期連結決算に約15億円と、前年度の3億円から急増した。大学4年の3月時点で内定辞退をする学生はほとんどいないため、3年生の時点で内定承諾をした学生の急増を意味している。
経営体力が弱いエージェントにとって、返金の負担は大きい。そのため学生に早く内定を承諾して就活を終わるよう強要する「オワハラ」が社会問題になっている。今後は、内定承諾をした学生が就活を続けることを妨害してトラブルになるケースが増える心配が高まっている。
実際に、大学には就活エージェントに関する相談が増えている。
立教大キャリアセンターによると、エージェントのトラブルに関する相談は7月までで42件と、25年1年間の37件を超えて、すでに過去最高になった。エージェントから①本人の了承なく面接が設定される②興味のない企業を強く勧められる③内定承諾をした企業以外で進んでいる採用活動を辞退したことを証明する資料の提出を求められる――といったものだという。
東洋大の就職・キャリア支援課は、エージェントから「内定を辞退するとこれまでの採用コストの支払いが必要な場合がある」と金銭的な脅しを受けたケースの相談もあったと指摘する。学生には、少しでも不安に感じたら同課など、大学に相談するよう呼びかけている。
エージェントをめぐる環境の変化を受けて、介護関連の展示会事業などを展開する「ブティックス」(東京都港区、東証グロース上場)は今年3月期に、昨年10月に買収したばかりの人材紹介事業(エージェント)などの子会社を吸収合併した。買収の際の「のれん」などを減損し、4億円近い特別損失を計上した。このうち人材紹介事業の減損損失は約2億3千万円にのぼった。
人材サービス大手のインディードリクルートパートナーズは、今年3月で「リクナビ就活エージェント」のサービスを終了した。理由は「時代の変化により、就職活動における学生のニーズが多様化しているため」と答えるのみだが、就活の早期化で「内定ホルダー」の学生がリスク要因になっている影響は大きいだろう。
エージェント業者からは恨み節も聞こえてきそうだ。しかし、学生のためなどと近づいておきながら、我田引水の企業紹介をする業者が市場を壊すのを止められなかった結果と見ることができる。
知名度が低いために採用が難しい企業の中にも優良企業はある。企業のスカウトであることを明らかにして、正々堂々と事業をすれば、新たな市場ができる可能性は残っているはずだ。