グローバル化の礎を築き、トヨタを「100mを9秒台で走る巨象」に変えた。
2026年10月号 BUSINESS [「度胸」と「勝負勘」の怪人]
「トーメンの田代さんが、急いでトヨタ自動車に助けを求めてきていますが、どうしますか」。トヨタの元取締役が社長の奥田碩にこう投げかけると、その場ですぐに奥田は受話器を取って、旧東海銀行頭取の小笠原日出男に直接電話をした。「俺の顔でトーメンに融資して欲しい」
これは過剰債務に苦しみ、信用力が低下していた総合商社の旧トーメン社長の田代守彦が1999年、知人で奥田と近かったトヨタ元取締役経由で救済を依頼した時のやり取りの一部だ。東海銀行はトーメンとトヨタのメーンバンクでもあった。奥田は、トヨタグループの豊田通商副社長(後に社長、元トヨタ専務)の千輪博を巻き込み、トーメンを救済する方向性を固めた。その後、豊田通商は2000年にトーメンへ出資し、02年にはトヨタも加わって追加出資したことで、トヨタグループ全体で約30%の出資比率を持つようになった。さらに06年 ………
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