4倍増「約16万人」/難民・移民の行方を占う 「在日ミャンマー人」の処遇

2026年7月号 LIFE
by 伊藤博敏 (ジャーナリスト)

「在日の父」と呼ばれるウィン・チョウ氏とマティダ夫人

東南アジアのミャンマーで、軍事クーデターが発生して5年5カ月が経過した。4月にミャンマー国会は、ミンアウンフライン前国軍総司令官を大統領に選出して「民政」に移行したが、軍政は事実上、継続しており、ノーベル平和賞を受賞した民主化指導者のアウンサンスーチー氏は監禁されたままだ。「ミャンマーの民主化を支援する議員連盟」の石橋通宏事務局長(立憲民主党参院議員)は「インチキな選挙でごまかしの民主政権をつくり、国民虐殺の司令官を大統領にしたわけで、日本も世界も絶対に付き合ってはいけません」と語気を強める。

クーデター発生後、約4万人だった在日ミャンマー人は4倍増の約16万人となった。ミャンマー経済は混迷を極め、通貨チャットはドルに対して価値が3分の1に下落、インフレ率は毎年20~30%に達し、貧困率は50%を超えた。停電は最大都市ヤンゴンでも1日10時間に及び経済も生活も成り立たない。

あの手この手の国外脱出は後を絶たず、ミャンマー人の多くは帰国後の逮捕・収監を恐れて、「片道切符」となることを覚悟して来日。日本政府も「特定活動」という名の在留活動を認めている。つまり日本政府が避けてきた難民・移民の受け入れがミャンマーに限っては、その特殊事情を鑑みてゆるやかに始まっており、今後のミャンマー人処遇は将来の政策の行方を見定めるものにもなる。

国内避難民は約370万人

東京・有楽町での募金活動

ウクライナ、ガザ、イランと世界各地で「大国の論理」による戦争・紛争が継続しており、ミャンマー国軍と民主政権側の「国民防衛隊(PDF)」や少数民族武装勢力との戦いは、「内戦」と捉えられて日本では大きく報じられず、反対運動も盛り上がらない。だが、クーデター直後に多くの市民を殺傷して制圧した国軍は、今も連日のように支配の及ばない地区への空爆を続け、クーデター後の死者数は8千人を超えたという。在日歴が30年以上に及び、長年ミャンマー支援活動を続けて「在日の父」と呼ばれる都内在住のウィン・チョウ氏が説明する。

「地上戦ではPDFなどの反撃を受けるため、空から医療施設、教育施設、宗教施設などを狙って爆撃。その後進攻して集落を焼き討ちにしています。重要な施設を破壊するのは『国軍に逆らえばこうなるぞ!』という脅しです」

医療・教育施設はもちろん、見境のない空爆は橋や道路といったインフラにも及び、水や食料といった住民の生命線すら脅かす。

「飢餓貧困の広がりが、昨年の大地震(3月に中部地方で発生し約3700人が死亡し約20万人が被災)でさらに悲惨な状況になりました。米国が人道支援、海外援助を行うUSAIDの活動を止めた影響も大きい。国内避難民は約370万人に達しており、最低限の物資が避難民に届けられるよう外務省などに働きかけ支援活動を行っています」(石橋氏)

在日ミャンマー人を中心としたNPO法人などの支援活動も活発だ。さまざまな「支援する会」が立ち上がり、SNSなどでクラウドファンディングを呼びかけ、支援金を募集する一方、全国の繁華街で募金活動を行っている。主に週末の土曜日、東京・有楽町で行うYPC(横浜パンフレットキャンペーン)の街頭募金は5月30日で242回にも及んだ。欠かさず出席する30代のミャンマー人男性は「現地で頑張っている仲間を思えば何だってできる」と語る。

50年に及んだミャンマーの軍政は2011年に民主化の気配を見せ、象徴のアウンサンスーチー氏が率いる国民民主連盟が16年に政権を握ると海外資本が流れ込み、日本企業も大挙して進出し、「最後のフロンティア」と呼ばれて経済は急成長した。だが長期支配の間に軍産複合体としての既得権益を持つ国軍は、自分たちを除外しかねない民主化を恐れ、クーデターに踏み切った。

欧米や日本など民主主義国家は、「国軍支配」を認めず、国家承認していない。ただ継続する各種資金もあり、それが軍政を支えているとして6月1日、市民団体が「資金源を断て!」と官邸前アクションを行った。

銃を水平に構えた国軍に制圧される映像がSNSに大量に流れたクーデターは、国内外のミャンマー人に多大なショックを与えた。前出のウィン・チョウ氏は「ようやく手に入れた自由と民主政治。若い世代は夢のある未来を実感できた。それだけに衝撃が大きかったんです」という。

過去最高の「難民申請者数」

東京・品川にあるミャンマー大使館

23年前に来日、留学を経て大手日本企業に就職、結婚後に帰化した大槻美咲氏は、「同じ年代の人たちが戦い大変な目に遭っているのに自分は何もできないのが辛かった。一時は精神がやられて入院していました」という。

しかし立ち直り、22年8月、在日ミャンマー人と日本人有志で「ミャンマーの平和を創る会」を創設し副代表に就いた。主な取り組みは食料や医療などの人道支援、ミャンマー支援の和を広げる啓蒙活動、日本国内の留学生や技能実習生の支援などだ。今年3月には「若者支援」をさらに進めるためMIRAIs(ミライズ)を立ち上げた。大槻氏は「日本の地方は人材不足。ミャンマーの若者は日本に行きたい。双方をマッチングさせたい」と思いを語る。

実際、ミャンマーでの日本就労人気は高い。経済の困窮に通貨安が重なって1カ月の平均賃金は日本円で1万円に満たない。隣国タイに500万人以上が逃れているが緊急避難先であって、安定した将来性のある就労先ではない。日本には留学のほか、高学歴で専門性のある「技人国」、技能を学ぶ「技能実習」、人手不足を補う「特定技能」などの就労ビザがあり、日本人学校で日本語を学ぶなどして就労に備えている。

だが、ミャンマーの軍政は国内労働者不足に加え、18歳から35歳の男性を徴兵対象者としているのでビザを容易に発給しない。そこでミャンマー人のなかには日本企業の受け入れを証明する在留資格認定証明書(COE)を取得したうえで、タイに出国しそこから日本を目指す人もいる。ミャンマーの海外労働身分証明カード(OWIC)は取得していないが、そもそも「ミャンマー新政権を認めていない日本でOWICが必要か」という理屈であり、それを出入国在留管理庁が「追認」している。帰国すれば男性なら徴兵は免れず、「反軍的な言動」があれば逮捕・拘束の可能性もある。ミャンマー大使館は東京・品川にあり立派な門構えだが、利用するミャンマー人は限られている。

クーデター以降、帰国困難なミャンマー人に対して認められた「特定活動」は、技能実習、特定技能などの在留資格が終了後、特定活動への変更で1年間(延長可能)の就労を認めるもの。ミャンマー人の難民申請者数は25年に過去最高1490人となったが、日本の難民認定者は9人に留まっている。その穴を埋め現実対応しているのが特定活動だ。

米中露など大国の「力による平和」がまかり通り、人権に配慮した国際法の下での普遍的価値や正義が失われるなか、日本もまた難民国家となる可能性がある。地震大国であり南海トラフ地震のような天変地異も考えられよう。いつまでも「選ばれる国」であると思うのは傲慢で、難民・移民の受け入れは世界で生き抜く「共助」でもあり、ミャンマー人に対する支援と処遇は、その将来戦略と覚悟と示すものでもある。

記事の無断転載・複製を禁じます © ファクタ出版


著者プロフィール

伊藤博敏

ジャーナリスト