エボラの猛威米国は「入国禁止措置」備えも危機感もない日本

2026年7月号 LIFE
by 倉澤治雄 (科学ジャーナリスト)

コンゴを訪問するテドロス事務局長(WHOより)

中央アフリカ・コンゴ民主共和国とウガンダで猛威を振るっているエボラ出血熱は、ウイルス性感染症の中でも致死率が極めて高いことで知られる。40度近い突発的な発熱や激しい頭痛に始まり、嘔吐や下痢を経て、重症化すると多臓器不全、意識障害、そして吐血、下血、鼻血などの出血を伴って死に至る恐ろしい病気である。

アフリカ疾病予防センター(ACDC)は5月15日、東部イトゥリ州での流行を宣言、5月17日には世界保健機関(WHO)が「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)」を宣言した。WHOのテドロス・ゲブレイェソス事務局長は5月19日の記者会見で、「流行の規模や速さを深く懸念している」と語った。

6月6日現在、WHOの公式発表で確定感染者数は534人、死者数は93人である。しかし現地のNGOなどによると、感染の疑いがある患者数は1千名を超える。現地で支援にあたる国境なき医師団は5月31日、「短期間でこれほど多くの症例が報告された例はない」と警告を発した。現地では数百の遺体が検査されないまま残されているほか、遺体や感染者と接触した人の数が4700人を超えて確認されている。

ワクチンも治療薬もない

エボラウィルス(米CDCのHPより)

エボラ出血熱を発症するウイルスには6つのタイプが知られている。今回の流行は2007年に初めて発見されたブンディブギョ型である。致死率を比較すると最も高いザイール型エボラ出血熱(EBOV)が70~90%、スーダン型(SUDV)が50%で、ブンディブギョ型(BVD)の30~40%は比較的低く見える。しかし推定死者数1500万人を出した新型コロナウイルスの平均致死率が初期のアルファ株で1.5~3.0%、オミクロン株で0.1~0.2%だったことを考えると、極めて致死性の高いウイルスであることが分かる。

エボラ出血熱の流行はこれまでアフリカでたびたび発生してきた。2014年から16年にかけてギニアなど西アフリカで発生した大規模な流行では約2万8600人が感染し、1万1300人が死亡した。致死率は40%である。また18年から20年のコンゴ民主共和国での流行では2千人以上が命を落とし、致死率は66%だった。コンゴ民主共和国では17回目の流行となる。

エボラウイルスの自然宿主はオオコウモリ科のフルーツコウモリである。自然宿主はウイルスと共存するため自ら発症することはないが、他の生物と接触することで種を超えた感染が引き起こされる。エボラウイルスの場合、野生生物のヤマアラシやサル・ゴリラ・チンパンジーなどの霊長類を通じてヒトの社会に持ち込まれる。健康に被害をもたらすウイルス性感染症の実に約4分の3が、ヒトと野生生物に共通の「人獣共通感染症」なのである。人間が自然の奥深くまで入りすぎたためとの分析もなされている。

ウイルス性感染症のリスクを評価するうえで、「致死率」とともに重要なのが「感染力」である。「感染力」は免疫を持たない集団に一人の患者が発生し、何人に感染を広げるかを示す「基本再生産数」で比較される。エボラ出血熱は「麻疹(はしか)」や「水痘(水ぼうそう)」の約10分の1程度と比較的低い。新型コロナウイルス感染症とは異なり、空気感染や飛沫感染で爆発的に広がることはない。

ヒトからヒトへの主な感染経路は「接触感染」である。感染した患者の血液、分泌物、唾液、吐しゃ物、排泄物、汗、精液などに接触することで感染が引き起こされる。コンゴで感染が広がっている理由の一つが死者の埋葬儀礼である。コンゴの埋葬儀礼は故人を現世から霊の世界へと送り出す重要な儀式で、基本的に土葬である。故人の遺体を親族が素手で洗い清め、埋葬が行われるまでの数日間は添い寝するという。現地では遺族が隔離施設から遺体を取り戻すため、火を放つなどのトラブルが発生している。流行の中心である東部イトゥリ州を訪れたテドロス事務局長は5月30日、住民に対して「安全な埋葬」を強く呼びかけた。

ブンディブギョ型には有効なワクチンも治療薬も存在しない。ひとたび感染すると対症療法しかないのが現実である。致死率が最も高いザイール型にはWHOが有効性を認めた2種類のワクチンがある。米メルク社の「エルヴェボ」とヤンセンファーマ社の「ザブテノ・ムバベア」である。また治療薬としては米国のバイオ医薬品企業リジェネロン社が開発した「インマゼブ」、米バイオベンチャーのギリアド社が開発した「レムデシビル」、それに抗体カクテルなどがある。

しかしブンディブギョ型は今回の流行が3回目と比較的稀なタイプであることから、ワクチン開発は始まったばかりだ。英国の医薬品メーカー、アストラゼネカがDNAワクチンの開発を進めており、最短2~3か月で臨床試験が可能と伝えられる。また国際エイズワクチン構想がザイール型ワクチンをベースに開発を行っているほか、米モデルナがmRNAワクチンを開発中である。しかし著名な免疫学者は匿名を条件に、「エボラウイルスも新型コロナウイルス同様に高頻度で変異が起こり、安定的かつ有効なワクチンの開発はほとんど不可能だ」と語る。

外務省は「十分注意」レベル

国境なき医師団が支援するコンゴの治療センター(HPより)

米国疾病予防管理センター(CDC)は5月18日、コンゴで外科医として勤務していた米国人男性医師が陽性となったと公表した。男性医師はドイツ・ベルリンの米軍基地にある高度隔離施設に移送された。またブラジルではコンゴへの渡航歴がある37歳の男性に加えて、ウガンダから帰国した男性がエボラ陽性を疑われている。さらにイタリアでも医療従事者の感染が確認された。

WHOは5月29日、「渡航制限や入国制限は推奨しない」との見解を改めて明らかにした。しかし米国政府は過去21日以内にコンゴ、ウガンダ、スーダンに滞在歴のある外国人を対象に、全面的な入国禁止措置に踏み切った。米国市民は入国を許されるが、強化された検疫を受けることが義務付けられた。また当該地域から米国に向かう航空機に乗る時点で、行き先は検査設備が整ったワシントンのダレス国際空港、ニューヨークのジョン・F・ケネディ空港など4つに限定されることとなった。

日本では感染症の危機管理を一元的に行う国立健康危機管理研究機構(JIHS)が5月18日、「日本国内での伝播の可能性は低く、日本の一般市民が感染する蓋然性は低い」とのリスク評価を公表した。また外務省は5月17日、感染症危険情報を発出したが、危険レベルは4段階のうち最低レベルの「レベル1(十分注意)」のみである。ウイルス学の専門家で京都大学医生物学研究所の野田岳志教授も、「基本的な感染対策を徹底することで、アウトブレイク(流行)の終息が十分期待できる」と語る。

コンゴは今も紛争の真っただ中にある。隣国ルワンダでの「大虐殺」から逃れた難民が東部に流入、1998年に始まった第二次コンゴ戦争では周辺8か国を巻き込み、100近い武装勢力が入り乱れて、500万人以上が命を落とした。25年12月には米大統領ドナルド・トランプが介入してルワンダ軍が撤退したが、東部イトゥリ州、南ギヴ州、北ギヴ州は、いまも殺戮と略奪の無法地帯である。

紛争の要因は鉱物利権である。コンゴには金、銅、コバルト、タンタル、それにスマホなどの製造に欠かせないレアメタルなどが大量に埋蔵されている。とくにコバルト、リチウム、錫、ゲルマニウムなどが豊富だ。

テドロス事務局長は、コンゴが「疾病と紛争の破滅的衝突に直面している」として国際社会に協力を呼び掛けた。雑誌『NATURE』は今後数週間の各国政府の対応が、「壊滅的な流行になるかどうかを決定づけるだろう」と強く警鐘を鳴らす。新型コロナの教訓はどこへやら、日本にその危機感は全くない。

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倉澤治雄

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