2026年7月号 BUSINESS

JR北海道の綿貫社長が示した「上下分離方式」は地元の猛反発を招いた
Photo:Jiji
北海道の主要鉄路が存廃を巡る岐路に立たされている。鉄路を保有し、列車を運行するJR北海道は、石北本線(旭川―北見―網走)、宗谷本線(旭川―稚内)、花咲線(釧路―根室)などとくに営業赤字が大きい8線区をJRが単独で担う従来の仕組みでは今後維持が難しいとして「黄色線区」と名付けて、2016年から新たな維持のあり方を模索してきた。8線区の年間の赤字額は約150億円にのぼる。ただ、確実に毎年生じる赤字を誰が負担するのか、議論は遅々として進んでいない。
これまでのところ、黄色線区の維持にかかる赤字分などは実質的に国の財政支援によってまかなっている。国によるJR北海道への支援額は24年度から26年度までの3年間で1092億円にのぼる。支援が決まった24年3月、JR北海道には最終年度までに黄色線区の抜本的な改善策をとりまとめることが課せられた。今回の支援の最終年度となる26年度は長きにわたって、赤字を垂れ流してきている黄色線区問題について、ついに抜本的な改善策が求められるタイミングなのだ。
すでに収益改善のめどが立たない、留萌本線(深川─留萌)や根室本線(富良野─新得)など地方5線区を廃線にしてきた。ただ、黄色線区は北見や網走、稚内、根室など北海道内の地方拠点都市を結ぶ長大路線が多い。廃止は地域の衰退をさらに加速することになるとして、JR北海道も地域行政も「維持が前提」と口をそろえてきた。
これら地方都市に住む住民にとって、現在の鉄路はほとんど存在感がない。高速道路網が広がり、主要都市間の移動は自家用車、もしくは便数の多い高速バスを利用したほうがはるかに便利だ。一方、車内で仕事がしやすいなどの理由で出張などのビジネス利用はJRが多かったが、最近はそうでもないようだ。利用客の1人は「多少の荒天でも滅多に運休にならない高速バスに比べ、JRは運賃が高い割に運休やトラブルが多い」と語る。
黄色線区の列車に乗車した。乗客はまばらで、土休日は鉄道ファンの利用ばかりが目立つ線区も多い。「誰が赤字を負担するのか」という根本的な課題に触れないまま時間だけを浪費した結果、その価値はさらに毀損しているのだ。
JR北海道は4月、黄色線区を維持するために、線路や信号などの施設を保有し、メンテナンスなどを担う役割を沿線自治体に移管することを念頭に置いた「上下分離方式」の導入に向けて、自治体などとの協議を進める方針を明らかにした。もっとも最低限の生活インフラの維持だけで手一杯の北海道の地方自治体に鉄路を維持する財政的な余裕があるわけがない。
「自分の任期中に地域の衰退を決定づける鉄路の廃止に向かう議論を進めたくない」と考える自治体首長や、その意を受けた国会議員などの猛反発をくらい、JR北海道は「協議を進める」と言ったわずか1カ月後に地域自治体との協議を当面見合わせることを表明した。根本的な問題解決のための議論は、始まったと思いきや、すでに失速気味だ。
袋小路に陥った北海道内で、勢いを増しているのが「北海道の鉄路の赤字は、やはり国が負担し続けろ」という声だ。道内の主要都市を結ぶ鉄路はあくまで廃止せず、国が国策として維持し続けろという。問題の所在は1987年の国鉄分割民営化にあるとして、国が負担をし続ける責任があると強調する。
現在のところ、国交省は30年度までにJR北海道の経営自立を求めており、それ以降は、財政支援は行わない前提だ。経営自立を達成する前段階として、黄色線区問題については26年度末までに抜本的な改善策を求めてきたはずだった。
しかし、30年度経営自立の前提を支えていた、北海道新幹線の札幌延伸は30年度としていた予定が8年以上遅れることになっている。資材価格高騰の影響で、札幌駅前の大型開発も遅延したうえに、開発後の規模を縮小しており、「30年度の経営自立」は風前の灯火になりつつある。「環境が変わった」といって、過去の約束を反故にするための理由ならいくらでも見つかる状況ともいえるのだ。
一周回って結局は国のカネ頼みという先祖返りに国土交通省関係者は危機感を募らせている。赤字ローカル線の存廃が議論になっているのは他の地域でも同様だ。高速道路が並行し、利用も少ない北海道の鉄路を国の負担で維持し続けることは、北海道外の納税者に説明がつかない。そもそも社会保障費の膨張に防衛費の大幅増額が続く中で、財務省の納得がまず得られないとみる。
現実的な落とし所がみえてこないなかで、ひたすらに問題先送りを続けてきたJR北海道に向けられる目線は冷ややかだ。 「企業体質が古い上に、給与水準が低く、優秀な社員から辞めていく。現状維持が精一杯で、運行を巡るトラブルも絶えない。JRの存在が北海道の低成長の元凶だろう」(北海道内の企業経営者)
黄色線区問題など、縮んでいく地域との調整に組織力を奪われる中で、唯一のドル箱路線である新千歳空港と札幌とを結ぶ千歳線の輸送力向上に向けた投資をほとんどしてこなかったことが、北海道の観光需要拡大のボトルネックにもなっている。増便や車両更新などの対処が後手後手にまわり、大きな荷物を抱えた訪日客がすし詰め状態になっていることも多い。札幌圏の稼ぎが、地方路線の維持に溶けてしまい、サービスレベルの低下につながっていることに、地元からも「JR北海道解体・機能縮小論」が浮上する。
上下分離方式の活用が現実味を帯びてくると、国や自治体が「下」である線路の維持管理に責任を持つのなら、「上」である列車の運行を担う主体が必ずしもJR北海道である必要はない。「列車の運行管理でははるかに、他のJR各社の方がレベルが高い。JR北海道は運行する列車のメンテナンスなど後方支援に回った方がいい」「千歳線を空港へのアシスト線ぐらいにしか考えていないことがおかしい。沿線の不動産開発を進めるノウハウを持つ首都圏私鉄が運行を担うべきだ」といったJR北海道の解体、機能縮小が地元北海道ですら、公然と語られ始めたことは、これまでになかった変化だろう。
10年にわたって課題を放置した結果、国が設定した期限まで1年を切っても、なお解決の糸口すら見いだせていないJR北海道。「お上」からの支援に慣れっこになってしまい、自ら課題から目を背け続ける姿は、まさに「第2国鉄」そのものだ。地元のノスタルジーとサボタージュによって維持されてきた、誰も乗らない鉄路とともに、国鉄分割民営化が生んだ無責任組織の命脈もそろそろ尽きつつあるようだ。