トランプが終結を宣言しても「第二のホロコーストを許さない」と叫ぶネタニヤフが兵を引くか。
2026年5月号
DEEP
[もはや「泥沼」]
by
平田竹男
(早稲田大学教授)

殺害されたアリ・ハメネイ師を悼む人々(テヘランの広場で、3月1日)
Photo:AFP=Jiji
筆者は、資源エネルギー庁石油天然ガス課長としてイランのアザデガン油田の利権交渉などを担当した。2000年11月1日ハタミ大統領来日時、平沼赳夫通産大臣とザンガニ石油大臣との間でアザデガン油田の優先交渉権獲得と30億ドルの石油輸入代金前払いを盛り込んだ共同声明を出した。
イランは文化的背景を持ち、日本をこよなく愛する。他の中東諸国との石油利権交渉では英国人弁護士などが交渉担当者であることもあったが、イランは全てイラン人であり、数字にも法律にも強くタフな交渉者だった。全ての階層で頭脳明晰であった。
ハタミ大統領の訪日はイスラム革命後のイラン首脳として初めてのもので、パフラヴィー朝時代を含めても1958年以来42年ぶりのイラン首脳訪日という歴史的な機会であり、エネルギー面でも極めて大きな合意が成立した。
イランへの30億ドルのファイナンスは、NIOC(イラン国営石油会社)からの原油輸入代金の前払いとして、日本側石油輸入社、JBIC国際協力銀行の協力により30億ドルを供与する枠組みであった。石油上流への資金供与を禁止する米国のILSA法(イランリビア制裁法)適用を避けるためNIOCの上流(石油開発部門)への資金供与ではなく単に原油の購入代金を前払いし、安定的な原油調達を確保するというスキームにした。
イラン制裁下にも拘わらず取り組む私達にイラン側は1953年の日章丸を引き合いに鼓舞してくれた。外務省、大蔵省との交渉も必要であったが極めて協力的であった。最終局面でNIOCが上流投資に使用しない覚書に加え、ヒズボラ、ハマスなどへ資金提供しないとの念書を取った。特筆すべきは現アジア開発銀行総裁の神田眞人氏である。当時、大蔵省で担当ではない彼が、突然深夜に石油部開発課の筆者の面前に現れ、「こんな国益に重要なことは是非手伝わせてくれ」と日銀や大蔵省との交渉を処理してくれた。筆者も荒井勝喜補佐(現経産省通商政策局長)も大助かりであった。
そしてアザデガン油田であるが、NIOCと日本企業の間で、アザデガン油田の開発に関し、独占的交渉権を得ること等に合意した。アザデガンは前年1999年に発見されイラン南西部フーゼスタン州のイラク国境にある。確認埋蔵量は260億バレル超の世界最大級油田で、この合意により2004年の国際石油開発(現INPEX)による権益取得へとつながった。

米国の意向より自国の生存が第一のネタニヤフ(左)
Photo:AFP=Jiji
アザデガン油田は名前の由来も興味深く、ペルシャ語で「(イラクから)逃げてきた人々」を意味する。もともとは英国の石油会社BPの発祥の地で、前身アングロ・イラニアンが活動したのがこのフーゼスタン州であった。このように大油田地帯だが、サダム・フセインがここからイランに侵入しようとしたイラン・イラク戦争の影響で油田一帯には相当数の地雷が埋設されていた。
一連の意思決定の過程では革命防衛隊、ハメネイ師側との調整が必要であった。契約交渉においてNIOCが油田開発のために必要となる地雷撤去作業を日本側の義務に書き込もうと強く要請して来たが、ハイレベルの調整において差し戻された。革命防衛隊は軍隊であるが同時に建設、石油、通信、金融にも携わりイランの経済活動の一定のウエイトを占める。
地雷撤去費用も革命防衛隊の新たな収入源になるのであろうが、どこに地雷があるかという国家機密を他国に処理させるのはあり得ないとのことであった。日本側にとってはコスト面でも実施面でも難を逃れ安堵したのだった。
イランはイスラム教で木曜日と金曜日が休み、土曜日、日曜日は働く。そのため、筆者は金曜日夜に夜行便飛行機に乗り、土曜日の朝にテヘランに到着し、日曜日の夜の便で月曜日に帰国した。公用旅券はイラン入国にビザが不要でいきなり渡航するには能率的であった。そのため交渉の存在自体を含め全てを秘密裏に進めることができた。
イランは単なる中東の一国家ではない。4千年を超える文明の歴史を持ち、過去数世紀にわたり外国からの侵略と干渉に繰り返し抵抗してきた民族だ。1979年のイスラム革命、1980~88年のイラク・イラン戦争(死者100万人超)、長年の経済制裁――どれもイランを屈服させることはできなかった。このような歴史的文脈において、「短期で終わる」という米国の見通しは、イランの国民性と歴史を根本的に誤読していると言わざるを得ない。
米国が26年2月28日からイランでの軍事作戦を開始する数日前、パテルFBI長官がイランの脅威を監視する防諜部隊から捜査官と職員10人以上を解雇していたことも意味深長であるし、4月2日ヘグセス国防長官が陸軍参謀総長を解任したことも、今後の米軍の行動を暗示する。
今回の攻撃でユダヤ教国家により最高指導者ハメネイ師が殺害されたことは、単なる政治指導者の死ではない。シーア派イスラムにおいて、最高指導者は「神の代理」であり、イスラム共同体全体の宗教的・政治的権威を体現する存在だ。「殉教」は信仰の中核概念。外国勢力、しかもユダヤ教による宗教指導者の殺害は、信徒の怒りと結束を生む。次男の新指導者モジタバ・ハメネイ師の選出により、革命防衛隊との力関係は微妙で意識不明説もあるが、「殉教者の息子が指揮を引き継ぐ」という強力な宗教的逸話が形成された。
歴史上、外国の攻撃がイラン・イスラム国家の団結を瓦解させた例はない。むしろ逆効果を生んできた。筆者は今年3月17日マイアミのWBC決勝ベネズエラ対米国戦を現地観戦したが、ベネズエラの鬼気迫る一体感を伴う地響きのする声援には首都カラカスを爆撃された背景があるであろう。今回の攻撃によりイランの反発は数十年単位で継続する可能性がある。従って、今回のイラン攻撃は過去の石油危機よりも大きく世界のエネルギー情勢を泥沼化させる。
ハタミ大統領時代はテヘランの春と呼ばれた時代で、毎週のように訪れた筆者が見たテヘランは、ヒジャブの着用規制が緩やかとなり、若い女性たちが色鮮やかなスカーフをゆるく巻いて街を歩いており、若者がポップミュージックなどの米国文化を憧れをもって受け入れていた。「ソフトパワー」の提唱者は筆者のハーバード大学ケネディスクールの恩師ジョセフ・ナイ教授である。その米国のソフトパワーをテヘランで感じていた。ナイ教授が亡くなる前年2024年にお会いした際にトランプ政権がこれまでに米国の蓄積したソフトパワーを台無しにすることを憂慮されていたが、現実のものとなった。このソフトパワーの喪失が今後の中東政治に与える影響は計り知れない。

「殉教者の息子」モジタバ・ハメネイ氏が後を継ぐ(3月12日、イラン国営放送)
Photo:EPA=Jiji
今回の危機は影響を受ける石油の規模の大きさもさることながら、石油にとどまらずインパクトはLNG、ヘリウム、肥料と範囲は広い。1973年のアラブの石油禁輸が世界供給の約7%を止めたのに対し、今回のホルムズ封鎖は世界の石油の20%超と3倍である。73年でさえ世界経済に深刻なリセッションをもたらしたが、今回の供給ショックがデータセンターによるエネルギー需要爆増中の世界に何をもたらすか、人類は経験がない。
さらに、今回はスウィング・プロデューサーが機能しない。過去のすべての危機では、サウジアラビアが余剰生産能力を使って増産し、価格を安定させた。今回はサウジアラビアとUAEが世界の余剰生産能力の圧倒的大半を保有しているにもかかわらず、その石油を輸出する唯一の出口がホルムズ海峡だ。ヤンブーへのパイプラインやフジャイラルートもあるにはあるが、多くの量は動かない。そして、イエメンにはフーシ派がおり、バブエルマンデブ海峡もリスクをはらむ。これは過去の石油危機に存在しなかった構造的欠陥だ。
この局面で唯一スイング・プロデューサー機能を果たしうるのはロシアである。ロシアは、生産量低下で影響力の低下したOPECに手を差し伸べ「OPECプラス」を形成し、サウジアラビアとともに世界の石油市場をリードしている。価格高騰で漁夫の利を得たロシアへの制裁を解除するのか、その際の大義名分をどうするか。答えがなければ危機は続く。
イランは1979年以来、ホルムズ封鎖を何十回も「脅し」として使ってきたが一度も実行しなかった。イラン自身の輸出収入がこの海峡にかかっていたからだ。2026年、その構図が完全に崩れ、イランがオマーンとホルムズ海峡管理に乗り出した。ホルムズ海峡の軍事面での帰趨は不明だが、イランの動きは世界経済的には機雷封鎖よりはましだ。
また、過去の石油危機は1973年も1979年も、問題は石油だけだったが今回はLNG、ヘリウム、肥料原料の尿素、アンモニアの大量輸送を止める。被害を受けたカタールのラスラファンLNG施設だけではない。半導体・医療・宇宙産業に不可欠なヘリウムの世界シェア4割、世界的な尿素の35%は湾岸地域からの輸出である。さらにUAEの石油化学施設やクウェートの海水淡水化施設が爆撃された。エアコンと海水淡水化施設は中東砂漠における生命維持装置である。戦禍は広がっている。
米国だけは当時と別格で、石油や天然ガスの自給を達成し輸出国となっている点で異次元である。だからこそ、今回のような攻撃が可能であろうし、ホルムズ海峡封鎖も米国ではなく当事者が解決すれば良いとうそぶくことが可能だ。しかし安心なのは量だけで価格は制御できず、ガソリン価格の高騰により中間選挙へ大きな暗雲が立ちこめる。
米国のイラン攻撃の原動力であるが、宗教的背景としてキリスト教福音派とユダヤ教のイスラエルを巡る呉越同舟の連携があり、シーア派が共通の敵であるという点がある。
トランプ大統領の最大の支持基盤が福音派で、共和党票の約3割を占める。彼にとってイスラエル支持は福音派にもユダヤ教にも好ましく一石二鳥の大票田維持となる。そこに娘イヴァンカがユダヤ教に改宗するなど個人的・家族的紐帯が加わる。ユダヤ教米国人の約7割は民主党支持者であるが、共和党の巨額の献金者にはユダヤ教のイスラエル強硬支持者が多く、このようなキリスト教福音派とAIPAC等イスラエル右派ロビーの連携がトランプ氏を動かす大きな原動力となり、2018年の米国大使館のエルサレム移転に導いた。
イスラエルは、かつてはエネルギー輸入国であったが、2009年タマルガス田、2010年リバイアサンガス田、2022年カリッシュガス田の発見により天然ガスの自給を達成し、今日では、エジプト・ヨルダンへのパイプライン輸出、エジプト経由でLNGのEU向け輸出を拡大し、独立国としての基盤を強固に固めた。石油に関しては、半数をアゼルバイジャンからの輸入に依存する。イランがアゼルバイジャンを攻撃した背景を感じる。今後はイスラエルのガス田に対するヒズボラやイランからの攻撃防御も注目される。
アゼルバイジャンと言えば、今回の危機に際し、日本のINPEXが、アゼルバイジャンのACG油田の9%、カザフスタンのカシャガン油田の8%の権益を有するが、これまで地理的に近い欧州に販売して来たスポット契約分を日本に振り向けるニュースに接した。この両鉱区ともに筆者が1997年から2000年通産省通商政策局資金協力室長時代に、アゼルバイジャンへの天然ガス発電所の円借款やカザフスタンの首都アスタナ空港への円借款と引き換えに交渉して獲得した鉱区である。当時日本から遠い油田権益の獲得には白眼視する向きもあったが今回のような緊急時に活用されて嬉しく思う。
2000年からのイランとのアザデガン油田交渉はこのカスピ海諸国との石油利権獲得交渉成功の後である。このおかげもあり、同じくカスピ海に面するイランには知られており、初対面から深い話し合いが出来た。初回の会談において筆者から1999年に発見された大規模油田アザデガン油田に関心があり、そのデータの開示を求めた。国家機密である地質データ開示の最終決定は極めて困難だが、それがない限り権益交渉は何も進まない。比較的早期にイラン側からデータの開示を得た。
鉄鋼や石油化学工場などの爆撃により国力は弱体化するが歴史的に見てもイランは最後まで抵抗する国である。このイラン戦争は簡単には終わらず、泥沼化する。
トランプ氏は中間選挙に向けて早期終戦のロジックを模索する。一方、この戦争を仕掛けたイスラエルは宗教戦争の面もありイランの体制が残ると後々が怖くて中途半端に終われない。むしろ、トランプ氏が短期に終結宣言したとしても、イスラエルが終戦するとは限らない。イスラエルが米国の意向を無視して継続し得る。
イスラエルにとってイランの核開発は「生存への脅威」であり、ネタニヤフは繰り返し「第二のホロコーストを許さない」と述べ米国の意向より自国の生存が優先され、米国もそれを止める手段が限られる。イスラエルは、兵器やその補給を依存し、精密誘導兵器、情報共有などイランへの持続的攻撃には米国の協力が必要だが、兵器供与停止は米国内の政治的コストが極めて高く、実行は困難だ。かくして世界経済は泥沼化するだろう。
ロシアは石油価格急騰による国家財政収入急増で戦費支援を得た形になる一方、米国のウクライナへの兵器協力も薄くなった。中国は世界で孤立するイラン原油の9割を優越的地位で輸入して来た。ベネズエラに次いでホルムズ海峡の封鎖で中国の危機との見方があるが、しかし、困るのはイランも同じで、革命防衛隊にとって戦費調達とヒズボラ、フーシ派などの支援のために原油輸出が必要だから、イランもホルムズ海峡封鎖は避けなければならない。
最大輸入国の中国こそがイランを説得出来るパワーを持つ。仲介者パキスタンの背後には中国がいる。2023年3月にサウジアラビアとイランは、中国の習近平国家主席の仲介により国交を正常化した(詳しくは拙著『世界資源エネルギー入門』(東洋経済新報社)参照)。両国にとって中国は最大輸入国だ。中国は世界の再生可能エネルギー産業のリーダーである。EV車でも欧州を席巻しドイツ車は苦戦を強いられており、中国車を利するばかりのEV補助金を廃止したところだが、EVはガソリン代高騰という別の支援策を得た。
今回、トランプ氏は国際法違反、米国憲法の政教分離違反など多くの点で間違いを犯し、何十年も修復不可能な米国の信用やソフトパワーを失った。NATOにも亀裂が入った。米国は今や石油、天然ガスの自給を達成し、輸出国だ。しかし量的には困らないが、ガソリン価格の高騰が国内政治にインパクトを与える。トランプ氏はテロリスト国家の弱体化、原油価格急落によるインフレ率の低下を押し出し、11月の中間選挙に臨もうとするだろうが、かつてのイライラ戦争を「毒の盃を飲む」と終戦決定したホメイニ師のような存在が今回は、ない上、イスラエルは簡単には終戦しない。
このように考えると実に悲観的な流れだが、今回の危機で日本は多くの学びを得た。日本の地政学的位置を再認識し徹底的に戦時エネルギー政策を持つ必要がある。「気候政策」として理解されがちなEV・再エネ・蓄電池戦略が、実は地政学的エネルギー安全保障戦略でもあったことが今回の危機で証明された。再生エネルギー、蓄電池政策の強化は他国への依存を減らし、分散電源となる点で国防に貢献する。
そして最後に明るい希望を述べたい。
トランプ氏には、ここまでのコストを払ったからには核兵器除去とともにイランの親米政権の樹立を短期にやり切ることを期待したい。同盟国として孤独なリーダーを精神的に支えるべきだ。ホルムズ海峡、バブエルマンデブ海峡という2大チョークポイントが改善するのは画期的である。そして、米国、ベネズエラ、イランが揃えばOPECプラスの影響力に対抗できる。世界のエネルギー安全保障の何十年もの常識が変わるのである。