編集局の約半数がクビという大リストラ。オーナーであるベゾス氏の興味喪失が大きい。
2026年4月号 BUSINESS

大リストラに反対する人々が本社前に集まった
Photo:ABACA PRESS/Jiji Press Photo
「戦場の真っただ中で解雇されました。言葉がありません。打ちのめされています」――。米ワシントン・ポストでウクライナ特派員を務めていたリジー・ジョンソンさんがSNSのX(旧ツイッター)にこう投稿したのは2月4日のことだった。
しばらく前からワシントン・ポストは不穏な空気に包まれていた。開幕が迫るミラノ・コルティナ五輪への記者団の派遣を急遽、取りやめたと報じられ、大規模なリストラの噂が浮上。SNSには「#SaveThePost」のハッシュタグを添えた投稿が増えていた。
4日早朝、ジョンソンさんを含むワシントン・ポストの社員は出社せず、午前8時半からのZoomミーティングに参加するようにとの連絡を受ける。ミーティングではマット・マレー編集主幹がリストラについて説明し、直後に該当者は解雇を伝えるメールを受け取った。
米メディアなどはリストラの規模は300人超、全社員の約3分の1と報じているが、編集部門への影響はより大きかったようだ。米誌ワシントニアン(電子版)はワシントン・ポストの従業員が加盟する労働組合幹部の話として、記者の削減幅は350~375人、編集局員の最大47.5%が削減になると伝えた。
1877年創刊のワシントン・ポストはウォーターゲート事件のスクープでニクソン大統領を辞任に追い込み、ベトナム戦争にまつわる国防総省の機密文書の報道でも重要な役割を果たした。米国のみならず世界のジャーナリズム業界に大きな足跡を残した同社のこの10年あまりは、オーナーであるジェフ・ベゾス氏との関係なしには語れない。
米アマゾン・ドット・コムの創業者であるベゾス氏がワシントン・ポストを買収したのは2013年のことだ。ネットが台頭する中、収益源である広告収入が落ち込み、業績が悪化していた。ベゾス氏は当時のオーナー家であるグラハム家から同紙を2億5000万ドル(当時のレートで約250億円)で買い取った。
「ワシントン・ポストが新たな黄金時代を築けるとしたら、社員の創意工夫と発明、実験精神によるものだ。私は助言を遠くから差し上げる」。これは買収直後、ベゾス氏が米紙のインタビューで発した言葉だ。君臨すれども統治せず――。当初は、富豪とメディアの理想的な関係であるかに思われた。
実際、目に見える成果もあげている。その代表ともいえるのが14年、米新興メディア、ポリティコで初代社長を務めたフレッド・ライアン氏を発行人兼最高経営責任者(CEO)として招聘したことだろう。同氏はデジタル技術の活用を強化し、23年に退任するまでの間に電子版の購読者数を大きく伸ばした。
同氏のもうひとつの大きな功績と言えるのが記事の執筆や編集などに使うコンテンツ管理システム(CMS)「ArcXP」の外部提供である。米ボストン・グローブやカナダのグローブ・アンド・メールなど米国内外の有力メディアを含む2500社に提供先を拡大し、収益面でもメディア事業を支える大きな柱へと育った。
さらなる追い風となったのが17年の第1次トランプ政権の発足だった。ベゾス氏の経営するアマゾンは主力のクラウド事業で米連邦政府を顧客として抱え、同氏が設立した宇宙開発企業の米ブルーオリジンも政府と協力関係にある。にもかかわらずワシントン・ポストは政権批判を緩めることはなく、読者の賞賛を浴びた。
ところがワシントン・ポストを新たな高みに引き上げた「政治」が皮肉にも、想定外の影響を及ぼすことになる。21年にバイデン政権が発足すると読者の政治への関心が低下。もっともこうした傾向はCNNなどのほかのリベラル系とされる米メディアにも共通であり、特別なことではない。
より重大なのはベゾス氏自身のワシントン・ポストに対する関心の低下ではないか。こんな見方を裏付けるのが米ハーバード大学ニーマン研究所の分析だ。リストラ発表の直後、ベゾス氏のワシントン・ポストに対する公的な発言について調べたところ、21年以降、Xへの投稿やインタビューでの言及が目に見えて減っていたのだ。
この間はワシントン・ポスト電子版へのアクセス数が減少した時期にも重なる。実際、4日朝のZoomミーティングでマレー編集主幹は「この3年で検索エンジンからの読者流入が5割減った」と話し、影響の大きさが見て取れる。だが、より大きいのは外部要因に左右される流入よりも、「固定客」の獲得失敗だろう。
検索やSNSのアルゴリズムの変更は頻繁で、ウェブ媒体はそれに翻弄されてきた歴史がある。「もはや検索やSNSに頼れないというのはメディア業界における常識」(米メディアアナリスト)であり、各社は有料読者の獲得に注力してきた。ワシントン・ポストも25年までに500万人に増やす目標を掲げていたが、半数程度にとどまっているもようだ。
にもかかわらず同紙はアクセルを踏み続け、ベゾス氏が買収した際は580人だった編集部門の人員はピーク時に1100人超へと増加していたという。本来はコストに厳しいと言われるベゾス氏の目が十分に届いていなかったことも災いし、23年に7700万ドル、24年には1億ドルという巨額の赤字を計上した。
さらにダメ押しとなったのが24年の大統領選における同紙の対応だ。米国の新聞は党派色が強く、大統領選の際は特定候補への支持を明確にしてきた歴史がある。24年もワシントン・ポストの論説委員会は民主党のハリス候補の支持を表明する準備を進めていたが、ベゾス氏の判断で見送った。
読者から「トランプ候補に媚びへつらい、支持を見送った」といった批判が高まる中、ベゾス氏は自分の利益を優先したとの見方を否定するコメントを同紙に掲載した。さらに、「私たちは特定のエリート層にしか語りかけていなかった」と説明したが、読者の理解を得られたとは言い難い。
確かに党派色を薄めることで読者層を広げるという考え方は理解できなくもないが、あまりにも性急で、従来の「君臨すれども統治せず」との落差も大きかった。「オーナーとしての考え方も分かるが、メディアのビジネスの現実が見えていなかった」と米メディアアナリスト。この判断は結局、25万人ともいわれる解約を引き起こした。
このようにベゾス氏によるワシントン・ポスト経営は大きな転機を迎えたが、影響の範囲は同紙だけではないかもしれない。米国ではベゾス氏を皮切りに富豪によるメディア買収が増えたが、一部は早期撤退、継続保有組の間でも売却観測がくすぶる。ベゾス氏が終止符を打つのはこうした流れそのものである可能性がある一方、新たなメディアの守護者は見えていないのが現状だ。