株式市場が厳しく反応するのは業績だけではない。「院政色」の強いトップ人事にもある。
2026年3月号 BUSINESS

ヤマトは業績を下方修正したが、長尾社長は会長に就く
Photo:Jiji
ヤマトホールディングス(HD)が1月22日、社長交代を発表した。「宅急便」のサービス開始から50年を迎えた直後に発表した7年ぶりのトップ交代だ。4月1日付でヤマト運輸の櫻井敏之常務執行役員(51)が社長に昇格し、現任の長尾裕社長(60)は代表権のある会長に就くことになった。
「『私の代でやったことを遠慮なく否定してほしい』と伝えている。それができる人でなければ社長はできません」。記者会見で新社長へのアドバイスを問われ、白髪が目立つようになった長尾氏はそう答えた。
この発言で、ヤマト社内にあった「50周年お祝いムード」は吹っ飛び、しらけた空気に包まれているという。一見、新社長の櫻井氏をサポートする姿勢を示したようにみえるが、さにあらず。「結局、長尾さんの院政が始まるだけじゃないか」(ヤマト幹部)
長尾氏がヤマトHDの社長に就任したのは2019年だった。「ヤマトショック」とも呼ばれた人手不足に起因する物流危機のまっただなかで経営の舵取りを担ってきた。最悪期は脱したものの業績は振るわず、業界関係者の間では宅急便50周年の節目で社長が交代するのは既定路線とされてきた。
関係者によると、長尾氏が社長交代を決めたのは25年秋。指名委員会に対して社長を退く意向を告げ、そこから後任選びのレースが一気に本格化することになった。
最有力候補とみられていたのが中核子会社であるヤマト運輸の阿波誠一社長(55)だ。法政大を卒業して1993年に入社したエース。高知主管支店長を経て、ヤマト運輸の経営戦略部長などを歴任した。
阿波氏は新卒社員としては約10年ぶりに熊本主管支店に現場配属になった。このため「現場上がりの社長」というのがキャッチフレーズ。経営企画時代は「宅急便一本足打法」からの脱却を目指し、ネットワークの効率化などを進めてきた。グループの隅から隅までを知るいわば「プリンス」だ。
現社長の長尾氏は21年からヤマトHDとヤマト運輸のトップを兼務していたが、25年4月にヤマト運輸のトップを阿波氏に引き継いでいる。「プリンスの阿波に中核子会社の社長を1年やらせて、HD社長にするのが定石」(業界関係者)
ところが、である。最繁忙期となる年末をこなし、26年の年明けとともに銀座にある本社ビルで次期社長として漏れ伝わり始めたのは櫻井氏の名前だった。98年入社で海外事業や法人営業などを幅広く経験。25年4月からは宅急便事業の責任者を務める人物。なにより「長尾氏に近い」(ヤマト関係者)というのが櫻井評だ。
次期社長と共に、ヤマト社内で焦点となっていたのは長尾氏の今後の処遇だった。21日に開かれた執行役員会では代表権のある会長として残ることも幹部に共有されたという。阿波、櫻井、長尾の人事について、ある金融機関幹部はこう分析する。
「櫻井さんは人格者で社内の人望が厚く、いわゆる調整型。阿波さんとはややタイプが違い、上に対してもの申すことのできる人ではない。長尾さんはまだ60歳。『院政』と非難されようとも退かないというメッセージなのでしょう」
ヤマトHDが直面する問題は社長交代を発表した記者会見から11日後の2月2日に適時開示した資料が示している。26年3月期の連結純利益を従来予想から90億円下方修正し、前期比60%減の150億円になる見通しだと発表した。
ヤマトが陥っている負のスパイラルの構造はやや複雑だ。
収益性を最重視し、採算の低い小型の荷物の取り扱いを抑制した。大口顧客とは値上げ交渉を進めてきたものの、消費の低迷でアマゾンジャパンなど大口法人顧客からの取扱個数が当初想定を下回って推移した。荷物が減れば輸送効率も下がってしまう。この結果、効率化がもたらす利益の果実が得られなくなったというサイクルである。
純利益が前期比60%減という衝撃的な下方修正は市場でネガティブサプライズと受け止められた。適時開示翌日となる3日の株価は一時前日比7%超の大幅安となった。
問題はこの構図がしばらく続くと見られていることだ。格付投資情報センター(R&I)は「収益力を中心に財務リスク評価が格付けに見合わない状態が長引く可能性が高まっている」と格付けの方向性を「安定的」から「ネガティブ」にした。「収益を生み出せる構造への転換が見えず、業績回復への出口は見えない」と証券アナリストは指摘する。
株式市場がこんなに手厳しいのは、物流業界の人手不足という課題がヤマトの経営の根幹を揺さぶり続けているからだろう。
一例を挙げよう。
日本航空グループの格安航空会社スプリング・ジャパンはヤマトの専用貨物機を運航している。幹線輸送を担う長距離トラックドライバーが不足していることの対応策として長尾氏が始めた取り組みで、当初は宅配便業界で注目を集めた。しかし航空便事業は費用が先行、赤字が続いており、ヤマトの財務に重くのしかかっている。
長尾体制が残した課題はまだある。同氏は金融経験者など外部人材の登用も積極的に進めてきたが、多くがヤマトを去った。 「幹部候補社員の流出も相次いだ」と社内関係者は指摘する。
「長尾さんはアマゾンとの契約では自身が窓口となった。営業マンとしては結果を残したのかもしれない。しかしその後、アマゾンとの関係をうまくコントロールできておらず、それが今のヤマトの迷走の出発点にもなっている。結局、社長にはなったけれど、レガシーがない経営者ではないか」(同)
「私の代でやったことを遠慮なく否定してほしい」。冒頭で紹介した長尾氏の発言について、「自身が取り組んだ構造改革は十分な成果を出せなかったという反省から出たもの」という解説は確かにある。
しかし、「長尾氏は院政を狙っている」という見立てが一連の解説を上書きしてしまうのは、足元の業績が怪しいからだ。 「赤字こそ回避しているが、中長期的な経営を不安視されるようになった責任は重い。それなのに会長に就任するなんて自己評価が高すぎる」(ヤマトOB)
院政が敷かれた組織でイノベーションが生まれることはまずない。株式市場の厳しい視線は、業績だけでなく今回の人事にも向けられている。