「ニデック」と相似形/キヤノン「御手洗90歳」の老醜やまず

社長交代は10年ぶり3度目。業界は再編不可避だが「彼がいる限りは組めない」との声。

2026年3月号 BUSINESS

  • はてなブックマークに追加

御手洗氏の社長禅譲はこれで3度目だ

Photo:Jiji

キヤノンは1月29日、御手洗冨士夫会長兼社長最高経営責任者(CEO、90)が社長職を海外営業が長い小川一登副社長(67)に譲ると発表した。御手洗氏が社長職を禅譲するのはこれで実に3度目。おまけに「会長」と「CEO」という2つの肩書は引き続き持つ。

ニデックと相似形

今回の人事の異様さはまだまだある。

日本経済新聞の「私の履歴書」といえば第一線を退いた政財界の有力者や著名文化人が生涯を振り返る連載として知られる。2026年1月期を担ったのは御手洗氏。その連載の最中に社長交代を発表した。「それでいて日経はキヤノンの社長人事を朝刊に載せられなかった。御手洗さんもいい面の皮だ」と財界関係者は指摘する。

御手洗氏といえば経団連会長を10年に退いた財界人である。あれから15年以上の月日が経つ。ようやく引退かと思いきや、さにあらず。帝国ホテルでの記者会見で「しばらくの間、会長CEOとして一層の精進を重ねていく」と語った。

一層の精進――。この言葉に株式市場からは失笑が漏れる。長く電機業界をカバーするアナリストは「ニデックの永守(重信)さんもああなった。絶対的な権力者の『精進宣言』は危険な予兆だ」と指摘する。

ニデックといえば、25年7月に明らかになった中国子会社での不適切会計を発端に、複数のグループ企業から不透明な会計処理の疑惑が噴出している。同社が1月28日、東京証券取引所に提出した内部管理体制に関する「改善計画・状況報告書」では、その原因を「永守氏の意向を優先する風土」とした。

その永守氏は後継者として外部の人材を何人も呼び込んだものの、少しでも気に入らなければ追い出した。古くは元カルソニックカンセイ(現マレリ)社長だった呉文精氏(69)、元シャープの片山幹雄氏(68)、元日産自動車の吉本浩之氏(58)、同じく元日産の関潤氏(64)を後継候補としながらも退任させた。そのうちの1人は「ニデック本社近くの京都駅に降り立つと吐き気を催す」と吐き捨てる。

キヤノンの御手洗氏もかつて2人の後継者を社長に引き上げて退任させた経緯がある。06年に御手洗氏が経団連会長に就任するタイミングで内田恒二氏(84)に社長を委ねたものの、同氏は業績悪化と健康状態を理由に退任。12年に再び御手洗氏が社長職を兼務した。

16年には真栄田雅也氏(22年に69歳で死去)に社長職を譲ったが、健康上の理由で20年に御手洗氏が社長に復帰した。御手洗氏の2度目の社長復帰の報に触れた中堅社員は「役員の多くは『代替わりの時期だ』と囁いていたのに、誰も鈴を付けられなかった」と振り返る。

永守氏と御手洗氏の共通項は後継者をいとも簡単につぶすことだけではない。大手メディアに持ち上げられてきた点も似る。社内は全面服従、外部が批判しようものなら全力で反発する点も一緒だ。

メディアは永守氏について、70社以上の企業を買収し再建させた「M&A巧者」「買収王」などと持て囃した。しかし経営陣が関与した可能性がある不適切な減損処理や、中国における購買一時金の不適切な処理など、現在取りざたされている負の側面をほとんど報じてこなかった。

経団連会長を務めた御手洗氏を批判的に論じる記事もまた少ない。キヤノンの純利益は07年12月期に計上した4883億円を最後に更新できておらず、25年12月期は3321億円だった。株価も07年の最高値7450円から3割安の水準で推移する。同期間で日経平均株価が3倍に上昇していることを勘案すれば、キヤノンの停滞は火を見るより明らかだろう。

しかし「私の履歴書」で御手洗氏に登板を願った日経は、1月30日付朝刊で新たな経営陣を「新トロイカ体制」と持ち上げ、御手洗氏が最高権力者として居座る負の側面には触れずじまい。「日経には『キヤノンの批判記事は書かない』という内規があるのか?」と笑われる始末だ。

キヤノンの先行きには厳しいものがある。売上高の半分以上を占める事務機の営業利益は、25年12月期に前年同期比12%減となったが、有効な打開策を示せていない。

引退質問を切り捨て

事務機市場の縮小はもはや抗いようのない世界的潮流である。同業のリコーや富士フイルムは業界再編に乗り出しているが、キヤノンは真逆で再編とは距離を置くという方針。他社が見えない未来を見ているのかと思いきや「御手洗さんがいる間は組む対象として考えられない」(競合幹部)というのが実態。御手洗氏が君臨し続けていること自体がリスクなのだ。

記者会見では引退時期を尋ねる質問が出た。考えようによっては失礼な問いだが、御手洗氏は「全然決まっていない。世界中のマネジメントで特定の年月で引退するのは日本だけだ」と気色ばんだ。経営者として最重要とされる後継者育成ができていなかったことを開き直った形だ。

後継社長に指名された小川氏については「御手洗会長のイエスマン」(キヤノン幹部)という声が多い。御手洗氏はかつて米国子会社社長を務め、その実績が高く評価されてキヤノンのトップに就いた。小川氏は海外営業が長いものの、その実、「御手洗氏の指示を忠実にこなしただけ」(同)。キヤノンにとって喫緊の課題である事業創出の経験は乏しく、成長のタネを見つけ、育てていけるかは未知数だ。

社内に新規事業の芽が見当たらなければM&Aがあるが、これまた心もとない。

同社としては過去最大となる6655億円の買収案件となった東芝メディカルシステムズ(現キヤノンメディカルシステムズ)を見てみよう。御手洗氏がライバル視する富士フイルムホールディングスの古森重隆氏(86、当時会長兼CEO)も買収意向を示し、意地の張り合いによって買収価格がつり上がったことはよく知られたことだが、その結果、買収完了から8年後の24年12月期に1651億円の減損損失を計上した。

先の「私の履歴書」で御手洗氏はM&Aについて「自分で動くのが私のスタイル。うまくいかなければ、私一人の腹を切れば済む」と記している。果たしてキヤノンメディカルシステムズ買収はどうだったか……。

御手洗氏の口癖は「変化こそ進化。変身こそ前進」だが、企業で最も重要かつ困難な変化や変身はトップ交代である。老経営者がそれに気づくのはいつなのだろう。

  • はてなブックマークに追加