孤独な「高市首相官邸」/一身投げうつ忠臣なし

首相官邸の陣容を整えるに当たって「安倍モデル」を真似たが、思惑通りには行かなかった・・・。

2025年12月号 POLITICS [孤独なリアリスト]
by 鈴木美勝 (政治・外交ジャーナリスト)

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仕事を一人で抱えこむタイプの高市首相(写真は官邸より)

「鉄の女」に心酔して「夢」を追いかけ、男社会の永田町政界で頂点に上り詰めた総理大臣・高市早苗――。この秋、彼女は一瞬にして日本政治の歴史的存在となった。勝因の第一は、他候補を尻目に自民党総裁選で示した強烈な負けじ魂、第二に公明党の連立離脱に意表を突かれても、迷うことなく日本維新との連立に走り、首班指名を獲得した行動力。寸刻置かず到来した「外交ウィーク」も、初対面の米大統領トランプにたじろぐことなく、インスタ映えするパフォーマンスで乗り切った。

「夢」叶った高市だが、心躍り、天空を翔ける気分に浸る暇はない。「高市官邸」には、柱となる真の実力派・忠臣がまだいないのだ。「光と影」の相互補完で構成される国家統治には、「キャンペーン・ポリティックス」と「ガバニング・ポリティックス」が表裏で併存、「視える政治」と「視えない政治」の程よいバランスが求められる。

「鉄の女」に学んだMy Way

高市は、1984年入塾の松下政経塾第5期生。塾生時代、先輩の選挙をボランティア運動員として2度体験した。

その一つが、1987年春の統一地方選・千葉県議選(船橋選挙区)。第一期生・野田佳彦が、カンパによる資金500万円、運動員20歳代のボランティア約50人という態勢で初出馬した選挙戦だ。その運動員の一人に高市がいた。よく知る塾生OBが語る。「彼女は選挙区に張り付き、朝からビラ配り、戸別訪問、ポスター貼り、野田君の応援に奔走。夜は、事務所に戻ってからも午前2時頃まで情勢分析や翌日の準備を行い、次の日も朝早くから活発に動き始めていた」。選挙戦の下馬評では、野田の当選は難しかった。が、ふたを開けてみれば、第3位当選。予想を覆した勝因の一つは「八面六臂の活躍」をした高市にある、と誰もが認めた。野田の父は、佳彦に真顔で勧めたという。「高市って、なかなか良いじゃないか。お前、結婚したらいいじゃないか」

その野田は、後に松下政経塾出身初の首相に就任したが、1年余で退陣、今は野党第一党の立憲民主党代表だ。11月4日、高市政権初の臨時国会で真っ先に代表質問に立ち、首相・高市との対決色を鮮明にした。人生、山あり谷あり、合縁奇縁の連続である。

若き日の高市は、数々の逸話を残している。入塾者選考の面接に大幅に遅刻、つなぎの服、バイクに乗って現れ、試験官を驚かせた。が、政経塾の度量は大きかった。一人「〇」を付けた理事が「ああいうのが居た方が、弛んだ塾生の背筋がピシッと伸びる」と強く推奨、合格になった。この一件は、今も語り草となっており、知人たちはその逞しさを口にする。「決めたらやり切る堅固な意思」「真面目で頑張り屋」「大胆な行動力」—肝の太さを物語るエピソードには、事欠かない。

90年代に入ると、高市は国政選挙二度目のチャレンジで、衆院議員の椅子をつかんだ。「成功の要諦は成功するまで続けることにある」――政経塾生みの親、松下幸之助の教えを拳拳服膺する高市のサクセス・ストーリー、その始まりだった。「人からどう思われるかよりも、自分が何をしたいかを大切にする」――高市は、尊敬する元英首相サッチャーの「鉄の意志」からも政治家としての「My Way」を学び取った。どちらの言葉も、高市の姿勢を今でも貫く鉄則で、最高権力者の椅子に座って心放たれた現在も、政治家としての歩みを後押ししている。

首相に就任した高市が早々に直面したハードルは、米大統領トランプとの日米首脳会談だった。外務省が、ASEAN首脳会議(マレーシア)とAPEC首脳会議(韓国)の間に生じるわずかな隙間――10月28日に照準を当て、夏には米国との調整を始めていた。当初は「首相・石破茂」を前提にしたものだったが、石破が辞任、高市が新首相に選出され、就任後1週間足らずに設定された「3連戦」(外務省高官)をこなすことになった。準備期間わずかで突入した「外交ウィーク」だが、それは逆に、高市に格好の舞台を提供した。

会談場所、東京・元赤坂の迎賓館と大統領の視察先、米空母ジョージ・ワシントン艦上(米軍横須賀基地)。繰り広げられたのは、日米同盟蜜月を中国向けに発信する「トランプ―高市劇場」の政治ショー。SNSの出現で、メディア環境が激変した今日、国家統治には欠かせぬ一側面の「キャンペーン・ポリティックス」――言わば「視える政治」、否「魅(見)せる政治」の中で、高市は物おじせぬパフォーマンスを繰り出した。トランプと親密な関係を築いた安倍晋三(元首相)のレガシー(政治的遺産)を目いっぱい活用。併せて、持ち前のコミュニケーション能力を生かしてトランプの懐に入り込み、「安倍後継」を確実に認知させた。まずは、首脳外交のイロハとなる個人的関係の構築(第一段階)に漕ぎつけたわけだが、日本初の女性宰相という話題性に加え、派手なアクションも交えたパフォーマンスは内外メディアの注目を集めた。これが、内閣支持率をさらに押し上げた。

もちろん、トランプに対する「ノーベル平和賞推薦」の一件も含めて「やりすぎ」と手厳しい批判があるのも事実。GDP比2%防衛費増の前倒し方針の表明など米大統領に対する「献上品」の数々は、初顔合わせの有効なツールとなったが、今後は、国益をかけた本格的な議論が日米両首脳間で行われる。その点、「安倍首相も実際、相当苦労していたと聞く。更なる防衛費の増額や安全保障上の役割拡大の要求もあり得る」(政府高官)。

「視える政治」の舞台にピタリ嵌まった首相・高市は、幸運なスタートを切ったが、言わば「キャンペーン・ポリティックス」の成功は、国民に過剰な期待を与えてしまった感がある。今後、問われるのは、実態を伴った成果だ。

You−Tubeなど視覚メディアや真偽不明のサイバー情報がニューメディアを通じて人々の生活に染み込んでいく現代国家において、高市政権が機能するには「ガバニング・ポリティックス」――首相官邸内のインサイダー政治が一段と重要になってくる。

「世界の真ん中で咲き誇る日本外交を取り戻せ」を柱に据えた外交政策「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の推進や対中外交理念としての「戦略的互恵関係」等々は安倍外交の、また強い経済の再建を大前提とする経済政策「サナエノミクス」も安倍政治からの借り物だ。その真贋は、第2幕が想定される来年の「トランプ-高市」劇場をはじめ、対アジア、欧州、グローバルサウス外交で試される。

腐心した「首席総理秘書官」人事

内閣官房参与で決着した今井尚哉氏

Photo:Jiji

権力は魔性であり、政界は「嫉妬の海」だ。「視えない政治」の主要舞台となる首相官邸は、政官の思惑、出身官庁の省益が絡み、足を引っ張り合う軋轢の種が地中に潜むバトル・フィールド。時に予期せぬ「局地戦」が勃発する。そこで重要になるのが、首相の求心力とそれを支える柱の存在だ。高市が成功モデルの原型にしたのが第二次安倍政権だが、その時、政権基盤を強固にした統治の三本柱が、今井尚哉(首席総理秘書官)、菅義偉(官房長官)、谷内正太郎(国家安全保障局長)だった。今井は最側近として体を張って執務をこなし、菅は霞が関に睨みを利かし、谷内は外交安保チームを率いて戦略絵図を描き、実質的成果を上げることを可能にした。が、高市政権の場合、現時点では「視えない政治」の舞台での柱は見当たらない。

高市は、首相官邸の陣容を整えるに当たって「安倍モデル」を真似たが、思惑通りには行かなかったようだ。その苦悩は、権力の中枢・首相官邸の人事異動に見て取れた。

特に高市が腐心したのは、右腕となる政務担当の首席総理秘書官。このポジションは、長年、苦楽を共にして首相の心理の襞まで読み取れる側近中の側近か血縁のある身内など一心同体の人物が起用されるのがベスト。古くは、佐藤栄作—楠田實(新聞記者出身)、中曽根康弘—上和田義彦(中曽根の議員秘書)など、最近では、小泉純一郎—飯島勲(小泉の議員秘書)、安倍晋三—今井(経産省出身)などが官邸入りした実力秘書官として知られたが、高市政権では、なかなか決まらなかった。前首相の石破茂同様、「政策の勉強は好きだが、無駄な人付き合いはして来なかった」(官邸筋)ことが影響したのだろう。

そこで高市が、第二次安倍政権を念頭にして頼ったのが今井だった。今井とは、総裁就任3日後の10月7日夜、自民党本部で懇談。その後、公明党の連立離脱騒動が起きたため、直接対面で会うのは途切れたが、日本維新との連立が実質的に決着した後の19日夕、赤坂宿舎で話し込んでいる。

その経緯を探ってみると、高市は、首席秘書官就任要請を今井に断られたため、一時は安倍内閣の経済産業省枠・秘書官だった佐伯耕三も候補に挙がった。この間、就任を要請されたもう一人、前経産事務次官・飯田祐二はいったん固辞したが、結局、今井つながりで引き受ける羽目になった。その今井はと言えば、内閣官房参与として政権に関わることで決着した。

また、高市が重視する外交安保分野で頼りにしているのは、元国家安全保障局長・秋葉剛男。高市新体制の下、内閣特別顧問として再任されたが、この間、「外交ウィーク」に向けて頻繁に助言を求められた。外務省時代から、谷内と共に安倍外交の舞台裏を支え、その後の菅—岸田—石破各政権の外交安保政策を仕切った実力者。今後も、高市外交の有力なアドバイザーとなるのは間違いない。国家安全保障局長には、岡野正敬に代わって市川恵一(前内閣官房副長官補)が起用された。

今井も秋葉も「アドバイザーの域」

ただ、今井も秋葉も、高市内閣では意思決定ラインに位置しているわけではない。首相に知恵を授ける有力なアドバイザーの域を出ないだろう。とりわけ、外交安保分野と違って、首席秘書官の場合は、首相官邸内ポリティックスのドロドロした政治と省益がもろに絡む戦場を仕切らなければならない。首相とは一心同体、首相を守るため、時に悪役を演じなければ、官邸内は機能しなくなる宿命的なポジションだ。その点、政治家の名門出身で人脈豊富な安倍の毛並みの良さを汚すことなく強い求心力を際立たせた今井の貢献度は、他のインサイダーの追随を許さなかった。

一方、高市は、共働きの家庭で育ち、神戸大学進学後、1980年代半ば、政治に目覚めた。以来40年、「生き馬の目を抜く世界」と言われた男性優位社会・永田町で頂点に立った。そんな彼女の首相就任を巡って、今、フェミニズム研究者の間で論争が起きている。ジェンダー格差が個人の能力差ではなく家父長主義的な社会構造に由来すると説く純然たるフェミニストは、首相・高市を、経済的自由競争の中にあって成功は個人の努力次第―自己責任と説く新自由主義者だと決めつける。

確かに高市は、時代の矛盾を体感しつつ、働いて、働いて、働いて、働くッ―と自身を鼓舞、男に伍して生き抜いてきた孤独なリアリストのように見える。仕事も他人には任せられず、一人で抱え込むタイプだ。

しかし、国家の中枢で巨大な権力マシーンを機能させるには、真に信頼できる「実力派の忠臣」が不可欠だ。官房長官・木原稔も首席秘書官・飯田も、官邸内ポリティックスを体験する中で、政治的パワーを身につけていく潜在力はあるだろう。が、究極のピンチになった時、一身を投げうつ覚悟があるのか否か、今は未知数だ。

光があるから影ができる。影があるから光が射す。首相・高市早苗は、光の彼方でほほ笑むことができるだろうか。(敬称略)

著者プロフィール
鈴木美勝

鈴木美勝 (すずき よしかつ)

政治・外交ジャーナリスト

早稲田大学政経学部卒。時事通信ワシントン支局特派員、政治部次長、ニューヨーク総局長、解説副委員長を歴任。専門誌「外交」編集長、国際協力銀行(JBIC)経営諮問・評価委員、立教大学講師、外務省研修所研究指導教官等を経て日本国際フォーラム上席研究員、富士通FSC客員研究員。著書に『日本の戦略外交』『北方領土交渉史』(以上、ちくま新書・電子書籍)『政治コミュニケーション概論(共著、ミネルヴァ書房)』。

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