日の丸ドローン「ACSL」が目を覆う惨状/前社長が「闇の勢力のカモ」に

エースと持て囃された鷲谷CEOが「闇の勢力のカモ」に。政府のドローン強化策は出足からつまずいた。

2025年10月号 BUSINESS [お粗末の極み]
by カシアス扇谷 (調査報道ジャーナリスト)

  • はてなブックマークに追加

日本郵便の衣川和秀社長(右)と資本業務提携を発表する鷲谷聡之社長(2021年6月15日)

Photo:Jiji

政府が中国に対抗しようと始めたドローン強化策が出足からつまずいた。防衛装備庁が購入を決めたドローンメーカー、ACSL社がなんと得体のしれない金融ブローカーに侵食されていたのである。「経済安全保障」を錦の御旗にした政府肝いりの施策で、当のメーカーの「安全保障」がお粗末すぎた。

ACSL社はその旧社名を「自律制御システム研究所」(Autonomous Control Systems Laboratory)という千葉大発のドローンベンチャーである。頭文字をとってACSLと改称し、2018年に東証マザーズに上場した。政府は2020年、防衛、領海保全、犯罪捜査などの分野で使うドローンは安全性の高いものを採用することとし、実質的に中国製を排除する「関係省庁申し合わせ」をしている。

創業以来、赤字続きのACSLにとって、米中対立に由来する「経済安保」は、思いもよらぬ追い風となった。防衛装備庁から2024年、防衛省航空自衛隊の空撮用にACSLの小型ドローン「蒼天」の大量受注が舞い込んだのである。さらに日本郵便と物流専用ドローンの共同開発にも取り掛かり、資本業務提携を結んだ。

やり手ベンチャー経営者として脚光

ナンバーツーで金庫番の早川研介氏(HPより)

そんな日の丸ドローンのエースとして持て囃されたのがACSLの鷲谷聡之CEO(37)であった。マッキンゼーに3年勤務したのちACSLに転職。すらっとしたイケメンで、やり手ベンチャー経営者として脚光を浴びてきた。

ACSLナンバーツーは、鷲谷と同じマッキンゼー出身の早川研介CFO(37)である。その早川は25年3月、妙な噂を耳にした。鷲谷が社内や取引先などあちこちに借金の申し入れをしている、というのである。鷲谷には銀座のクラブの豪遊など、よからぬ風聞が後を絶たない。フェイスブックにはこれみよがしに「約束を守ってください」と鷲谷を名指しして批判する書き込みがあり、「何があったのだろう」と周囲を困惑させていた。

鷲谷の振る舞いを危惧し、早川は4月、不祥事調査会社のクロール・インターナショナルを起用して秘かに調べ始めた。すると鷲谷はあっけなく観念して辞任。ACSLが特別調査委員会を立ち上げて本格調査を始めたところ、浮かび上がったのは鷲谷のとんでもない背任・横領行為であった――。

妻子ある鷲谷が道を踏み誤ったのは、2023年ごろのことである。豪遊のすえ、知り合ったクラブママとただならぬ間柄となり、それを知った妻が激怒して離婚を突き付け、慰謝料や子供の養育費などで1億円を超える支払いを余儀なくされた(2024年6月離婚成立)。そのうえ豪邸の建築や他社のワラント購入に散在し、「すっからかん」になったのである。

鷲谷は所有するACSL株を少なくとも1万株ほど売り、さらに残る6万株を担保にカネを借り入れたが、株価が下落して追い証(追加担保)の拠出を迫られた。2024年8月以降は首が回らなくなり、だれかれともなく貸してくれそうな相手に寸借する始末。ついには24年秋に金融ブローカーから甘くささやかれ、「闇の勢力」のカモとなっていった。

調査報告書によると、以来、鷲谷は、言われるままに自身がトップを務めるACSLの会社のカネを横流しするようになった。自身のACSL向けの架空債権をでっち上げ、それを貸金業者B社に買わせ、このうち3150万円を2025年1月、懐に入れ、自分の借金返済に充てた。そのうえでACSLとB社に同年3月、コンサルティング契約を結ばせ、ACSLから前払い金として3960万円を振り込ませた。B社はこの差額を儲けとした。

鷲谷は、同じような自身の架空の債権をコンサルティング会社のC社に3850万円で買わせ、25年1月、このうち3150万円を自らのものとした。その後、ACSLとC社の間に顧問業務委託契約を結ばせ、C社に4260万円のコンサルティング料を振り込んでいる。

さらに鷲谷は、金融ブローカーに紹介されたD社から6000万円を借りたものの返済できず、結局、ACSLとD社との間に顧問契約を結び、2025年3月、6600万円をD社に支払わせた。

こうしたやり口で鷲谷は短期間に1億3千万円余りを懐にして返済に回し、謎の金融ブローカーたちには2700万円が渡った。鷲谷はこの過程で虚偽の契約書を作成し、金庫番の早川に資金の振り込みを指示し、早川は黙々とそれを実行している。本来は「おかしい」と気づくべき存在のナンバーツーの早川に、肝心のチェック機能は働いていなかったのである。

鷲谷と早川に「親殺し」の過去

そもそもACSLの鷲谷と早川の二人には「親殺し」という消せない過去がある。マッキンゼー出身の2人がドローンを開発できるわけもなく、創業したのは我が国のドローン開発の第一人者だった野波健蔵(76)であった。野波は1980年代に米航空宇宙局(NASA)の研究員として無人航空機の開発に関わり、後に千葉大工学部教授に転身。2010年代に海外ドローンメーカーが相次いで立ち上がるのを見て、焦燥感にとらわれながら、13年に千葉市に自律制御システム研究所を設立した。

そこにビジネスとしての可能性を感じたのが、東大エッジキャピタルを率いる郷治友孝だった。郷治は通商産業省に入省し、投資事業有限責任組合法の法案づくりで中心的な役割を果たし、退官後、母校の東大で大学発ベンチャーを支援するベンチャーキャピタルとして2004年、東大エッジキャピタルを創業した。バイオベンチャーのペプチドリーム、バイオ燃料のグリーン・アース・インスティテュート、東大医科学研究所発のテラなどに投資し、上場させてきた実績がある。

東大エッジキャピタルは2016年、ACSLに7億円を出資して筆頭株主になり、そのときに5年以内で上場することを野波に約束させている。

創業者の野波は学者とあって、営業や経営の実務に明るくない。そこで郷治が「経営は別の人に任せた方が良いでしょう」と連れてきたのが、ロームを経てマッキンゼーにいた太田裕朗(49)だった。太田が2016年に乗り込むと、彼の伝手で、鷲谷が、そして早川が合流した。すると3人は「先生がくちばしを挟むと困ります」と、創業者の野波を遠ざけるようになった。ボーイング出身のクリス・トーマス・ラービ(45)をCTOに起用して技術面を所掌させると、「クリスの権限を侵さないでほしい」と野波を遮断した。野波は無念の気持ちを抱いたまま、19年にACSLを追放されている。

マッキンゼー人脈の経営になって間もなくACSLは上場。すると、東大エッジキャピタルは株価が3000~4000円台の高かった時期に全株売り抜けて退散してしまった。余談だが、逃げ足が速いのが郷治の特徴である。もてはやされたテラは郷治が足抜けた後、金融屋に食い物にされたすえ、2022年に破産している(本誌2018年11月号「東大発ベンチャー『墜ちた偶像』テラ」参照)。自分さえキャピタルゲインを得られれば、後は野となれ山となれというのが郷治流の投資術で、ACSLもそういう展開を辿っていく。雇われ社長の太田が郷治に続いて10万株以上の保有株を売り抜けて、とっとと辞めてしまったのである。

きっかけは杉田官房副長官の焦慮

官邸機構の頂点に長く君臨した杉田和博氏

Photo:Jiji

筆頭株主と社長が抜けた後、残されたのが鷲谷と早川であった。

「技術面は、野波先生とその教え子たちがいなくなって一気に弱くなりました。彼らはゼロから自作して作っていましたが、クリスはオープンソースを使う程度でね」。当時の事情を知る人物はそう打ち明ける。放逐された野波はいまも第二位の大株主である。怒り心頭なのだろう。追放後も株主総会にやってきては経営陣を追及している。もっとも鷲谷や早川にとって、負け犬の遠吠えは痛くもかゆくもなかった。

ACSLは2024年12月期の売上高が26億円余りしかない。黒字は上場直後の2020年3月期だけで、それ以外の12期は赤字続き。そんな、いつ墜落してもおかしくない超低空飛行にあったのに、突如、上昇気流に乗ることになった。きっかけを作ったのは、警察庁出身の杉田和博官房副長官が抱いた焦慮だった。

杉田は経済産業省の担当幹部を呼び出し、「ドローンの90%が中国製で、自衛隊も海上保安庁も警察もみんな、中国製を使っている。なんとかこれを国産化できないか」と持ち掛けた。警察庁の栗生俊一長官も同じころ、経産省の嶋田隆事務次官に「国産ドローンを作ってほしい」と要望している。かくして産業機械課長の玉井優子に「なんとかしろ」と厳命が下っている。

ドローンは2000年代初めにドイツやフランスメーカーが嚆矢となったモデルを発売したが、それを一気に追い越して市場を独占したのが中国のDJI社だった。

「ドローンのキーパーツはほとんどがスマートフォンの部品です。そうした部品産業が中国に集積し、それらを組み立てればドローンができてしまうんです」

ドローンビジネスに投資しているベンチャーファンドの担当者は、そう指摘する。ものづくり大国となった彼の国には、バッテリーもマイクロモーターも超小型カメラもセンサー半導体も、集積地ゆえに容易に手に入った。

中国・深圳を発祥とするDJIはかくして、当初はホビー用のドローンを製造し、マニアを虜にして市場を席捲していった。ドイツ製は性能は良いが値段が高く、フランス製はデザインは良いものの性能が劣った。そこに安価で高性能な中国DJIが登場すれば、マーケットを席捲するわけである。ホビー用として始まったので、台数がけた違いに売れた。日本が数百機作るのに対しDJIは数万機である。二桁以上違うのだ。量産は、性能の加速度的な向上につながり、2020年代になると、もはや中国にかなう相手はいなくなった。

我が国の防衛省も海上保安庁もDJI製を使っていたのだが、米中対立の激化を受けて急ブレーキがかかった。経産省の航空機武器産業課の担当課長補佐はその事情をこう解説する。「はっきりしないのですが、バックドアが仕掛けられているのではないか、と疑ったのです。業界内には、ソフトウエアのアップデート時にログが抜ける瞬間があるのではないか、と疑う人がいます」

「蒼天」の世界シェアは1%未満

性能はイマイチ(ACSLのHPより)

米国連邦捜査局(FBI)は、電力会社や通信会社などインフラを扱う民間企業はDJI社製ドローンの利用に注意すべきである、と通知。米国防総省は2022年、DJIを「中国軍事関連企業」に指定し、米下院は24年、中国製ドローン禁止法を可決している。

かくして日本も右に倣えと相成った。経産省は新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)を通じて国産ドローンを育成しようと、2019年度補正予算でACSLに16億円余りを補助し、こうして22年に量産に至ったのが「蒼天」だった。

「蒼天」は国内で700機、米国で50機ほど売れたものの、世界市場でのシェアは1%にも満たない。小型ドローン市場では中国のDJIが76.1%、フランスのパロットが2.5%、米国のスカイディオが0.3%となっており、圧倒的に中国DJIの寡占状態だ。

政府が後押ししても経営状態が芳しくないのは、ACSLの製造能力が決して高くないことがある。「蒼天」は、機体はACSLが開発したものの、カメラ機能はザクティ社(大阪市)、セキュリティ機能はNTTデータ、量産はヤマハ発動機(静岡県磐田市)などと分業したため、個々の連携が不十分で開発が難航したうえ、防衛省が期待するほどの性能を得られなかった。

「価格が高い割には性能がイマイチなんです」。政府内ではそうした評価が定着している。創業者の野波ら技術陣を追い出し、コンサル主導の経営になったツケがまわる。

国費をつぎ込んで中国に対抗する日の丸ドローンを開発したものの、性能は中国製に遠く及ばない。それにもかかわらず、経営トップはまだ若いのに分不相応に銀座のマダムとの愛欲生活に耽溺し、会社のカネを1億5千万円も横流しした。

ACSLは一連の鷲谷の犯罪行為が明らかになった後の8月、アトス(Athos)という中国・香港のファンドとキャンター・フィッツジェラルドを引受先に最大30億円の出資を受けることを発表した。出資金を食いつぶして累積損失がたまる一方だったため、財務基盤を健全化するという触れ込みだが、政府が安全保障上必要として支援する国策ドローンメーカーがよりによって、日本を威圧する中国ファンドにすがって資金調達する情けなさである。機密情報はすべて北京に筒抜けであろう。早川は溺れるものは藁をも掴む心境だろう。こんな相手に補助金を流し続けていいのか、伊吹英明製造産業局長と古市茂次世代空モビリティ政策室長の責任は重大だ。

防衛省は2026年度予算案に攻撃型ドローンなど無人機に1287億円を要求し、数千機を調達しようとしている。過去最大の防衛予算を要求する足元は、かくのごとく、お寒い状況なのである。

(敬称略)

著者プロフィール

カシアス扇谷

調査報道ジャーナリスト

  • はてなブックマークに追加