立ちはだかる農協・農林族の壁。問われる石破総理の覚悟。野党も農協・兼業農家寄り。
2025年8月号 POLITICS
石破内閣は事実上の「森山内閣」!(写真/堀田喬)
江藤拓前農相(65)の呆れた失言で急遽登場した小泉進次郎農相(44)は、備蓄米を随意契約で大量放出することで、内閣支持率を急浮上させた。国民が支持したのは、政治家が責任を持って政策を断行する、小泉農相の強いリーダーシップである。言い訳ばかりで何も改革しようとしない為政者に国民は辟易しているのだ。
参議院選挙後も石破政権が継続し、小泉農相が続投することになった場合、農政の本格的立て直しに取り組むことになるが、果たして抜本的改革を推し進めることができるだろうか。
結論から言えば、石破茂総理(68)の下では極めて難しいと言わざるを得ない。なぜなら、石破政権は「農林族のドン」である森山裕幹事長(80)に支えられているからだ。
そもそも石破という人物は、物事を成し遂げるために自分がいま何をすべきか、分かっていると思えない政治家である。今回も米政策の見直しのための関係閣僚会議を設置して手を打ったつもりになっているが、こんなことは農林族の抵抗を抑える上で何の役にも立たない。
総理は自民党の総裁でもあるのだから、人事権を行使して、改革に反対する幹事長や党の農林幹部をクビにすればよいのだ。改革ができるかどうかは、総理が覚悟を決めて岩盤に穴を開けられるかにかかっている。
農林族から見れば「農相などは小間使い」程度の認識である。
野村哲郎元農相(81)が「小泉農相はルールも分かっておらず、(自民党)農林部会にかけないで勝手に決めている。森山幹事長からチクリと言ってやってほしい」と発言したが、これが農林族の本音である。
小泉農相が反論したとおり、法律の運用や予算の執行は内閣の権限であって、いちいち党の農林部会の了承を得なければならないようなものではない。しかし、長年にわたり事細かく口出ししてきたのが農林族なのである。しかも、この介入(事実上のゴリ押し)が「ルール」だと思い込んでいるから、始末に悪い。
農林部会という党の組織での発言は、国会での発言と異なり、刑法の収賄罪の職務権限に該当しないから、農協からの金銭支援の見返りに「応援発言」をしても、何ら罪に問われない。しかも、党は国会と違い議事録すらない。農林族にとって、こんなに都合のよいルールはない。
石破総理が本気なら、農政をダメにしたこんな「介入ルール」をぶっ壊したらよいのだが、何も言わない。森山幹事長以下の農林族を野放しにしているのだ。
振り返ってみれば、農政改革が進んだのは第2次安倍政権であった。
安倍晋三総理も菅義偉官房長官(76)も、農業の現場の問題点を熟知し、本気で農政改革を断行しようとした。そのために、林芳正氏(現官房長官、64)など農林族ではない人物を農相に起用するとともに、党の農林部会長に齋藤健氏(後に農相、66)や小泉氏を抜擢し、改革を推し進める布陣を組んだ。更に、規制改革会議など有力民間人が改革をリードできる体制も構築した。こうした陣形が整っていたから、農地バンク法や農協改革法などの改革法案が次々に成立したのである。
ところが、岸田文雄氏(67)が首相に就くや、完全に反転・逆行を始める。我が国をこうしたいという思いもなく、総理在任期間を長くすることだけを考える岸田政権は、既得権団体ともめないことを優先した。結果、関係省庁の改革マインドは萎縮し、族議員は我が物顔で闊歩するようになった。
特に、岸田総理が唱えた「新しい資本主義」「新自由主義からの脱却」というフレーズが問題だった。いまだに「新しい資本主義」とは何なのかさっぱりわからない。更に「新自由主義からの脱却」というフレーズは、族議員にとっては「改革をやめる」と同義だった。
こうした反転状況を最も巧みに活用したのが農林族であり、その結果が2024年5月の農業基本法の改正である。
1999年に制定された農業基本法は、開放経済下で食料の安定供給を図ることを目的として、本格的な農業経営者中心の農業構造を作ることを軸に据えたもので、これが安倍内閣の農政改革のベースとなっていたが、改革が気に入らない農協と農林族は、この基本法を反転させることを目論んだのである。
2023年12月の自民党の農業基本法改正に関する提言では、基本法の改正は「新自由主義からの脱却」であると明記され、兼業農家を重視することで構造改革にブレーキをかけ、「農協は今でもよくやっている」として農協改革を逆行させるような提言がなされた。
もちろん、かかる提言を主導したのは、農協の意見を丸呑みする当時の森山総務会長(現幹事長)だった。24年の基本法改正は、「食料安全保障の強化」を謳い文句に行われたが、内実は改革にブレーキをかけるものであり、食料安全保障を強化するような改正内容は全く見られない。
そして、24年5月に改正基本法が成立して、その直後に、スーパーの店頭からコメが消えるのだから、笑い話にもならない。岸田政権が、そして農協・農林族が、消費者への安定供給をまじめに考えていないということが露呈しただけだ。
農協・農林族が考えていることは農協利権を守ることだけであり、だから、全国農協中央会の会長が「米価は決して高くない」などと寝ぼけたことを堂々と公言できるのだ。
付言すると、農林族というのは、実は国会議員だけではない。多くの都道府県知事も農林族である。
道は険しい!(農水省記者会見録画より)
2024年夏に備蓄米放出を求めた吉村洋文大阪府知事(50)のような人もいるが、多くの知事は、米価高騰について一言も発せず、小泉農相が備蓄米を随意契約で大量に放出した途端に、「農家のことも考えてくれ」などと、小泉農相に陳情に走り出す有り様だ。
農協からカネ(政治資金)を貰い、フダ(票)を集めてもらっている点で、国会議員も地方自治体の首長も同じ穴のムジナである。議院内閣制の日本では総理は国民から直接選ばれるわけではないが、自治体の首長は直接選挙で選ばれるため、農協の影響力は国より地方自治体に、はるかに強く及ぶ。このことが、農政がよくならない大きな要因でもある。国が改革の方向性を打ち出しても、地方自治体が動かないのだ。
要するに、農政改革の前に立ちはだかる農林族・農協の壁は非常に厚い。それは企業・団体献金を通じて既得権団体と濃密に結びつく、自民党の政治構造に起因すると言っても過言ではない。
小泉農相は、最近まで自民党政治改革本部事務局長として、企業・団体献金の廃止に反対する立場を表明してきたが、企業・団体献金が、農政改革の阻害要因であることは明らかだ。本気で農政改革をやろうとするなら、更に「大きな改革の旗」を掲げて総理を目指そうとするなら、企業・団体献金の問題は決して避けて通れない「岩盤」テーマだ。
更に、小農保護を重視する野党は、農協から支援を受けていないにもかかわらず、自民党農林族以上に、農協寄り・兼業農家寄りの主張をしているという問題もある。
参議院選挙の公約を見ても、立憲民主党も国民民主党も、民主党政権時代の農業者戸別所得補償と同様の「面積当たり定額の直接支払い」を掲げている。こうした本格的農家も兼業農家も区別しない護送船団的政策は、農業の構造改革を阻害し、補助金漬けの生産性の低い農業を温存してしまうのだ。
参議院選挙の結果次第では、本格的な農政改革への道はさらに厳しくなるかもしれない。