最後の砦/大都市近郊大病院も「赤字続出」/あの「順天堂」「聖路加」も苦しい

「総合」病院の看板に固執する医療機関はもはや生き残れない。東京でさえ「医療砂漠」になりかねない。

2025年8月号 LIFE [病院崩壊]
by 上 昌広 (医療ガバナンス研究所理事長)

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順天堂大学附属順天堂医院(東京・文京区)

日本の医療は崩壊の瀬戸際に立たされている。前号では、大都市近郊において経営が悪化する前に民間病院が自主的に閉院する「立ち去り型サボタージュ」の実態をご紹介した。今回は東京や大阪の大都市中心部に位置する病院が直面している深刻な経営危機について考察したい。

まず取り上げたいのは順天堂大学だ。慶應義塾大学、東京慈恵会医科大学、日本医科大学と並ぶ私大医学部の名門だ。順天堂は、がんや心臓病の手術件数で他の3校を上回り、最も勢いがある大学と考えられている。ところが、順天堂でさえ苦境に陥っているのだ。医科大学の中核事業は附属病院だ。順天堂の場合、2024年度の経常収益は2218億円。このうち1870億円(84%)が附属病院の医業収益だ。前年度から90億円(5.0%)増加したが、最終的に57億円の経常赤字となった。

病院経営における最大のコスト要因は人件費だ。厚労省の『病院経営実態調査(令和4年度)』によると、大学病院など特定機能病院の人件費率は平均45%。これに対して順天堂の人件費率は35%で前年度から0.2%低下している。人件費引き下げができるのは、順天堂の診療レベルが高く「給与が低くても順天堂で働きたい」と考える若手の医師が多いからだ。消化器外科の場合「3年間の研修プログラム終了後、大学院にご入学頂きます。給与として13.5万円が支給されます」と案内されている。考えられない低水準だ。順天堂大学しかできない芸当だが、それでも物価高と円安による医業経費の増加を吸収できなかった。24年度の医業経費は897億円で、前年度比53億円(6.33%)増、過去3年間で実に154億円(21%)増となっている。

余りに乏しい「医療崩壊」の危機感

聖路加国際病院(東京・中央区)

我が国の医療の値段は、厚労省によって全国一律に設定されている。診療報酬は2年毎に改定されるが、2022年及び24年の改定率は、+0.43%、+0.88%にとどまった。この程度では、急速なコスト増を賄うことはできない。物価が高い都市部の病院から苦境に陥っていく。東京には、私立の単科医科大学が8校あるが、6校が24年度に赤字である。

経営難に直面しているのは医科大学だけではない。民間病院も同様の状況にある。大学病院を除けば、都内の民間病院の中でトップと目されるのは聖路加国際病院だろう。4月に発表された「ニューズウィーク日本版ベストホスピタル2025」では東京大学医学部附属病院に次ぐ全国2位にランクされた。同病院を経営する聖路加国際大学は24年度、3年ぶりに15億円の黒字を計上したが、経営改善は寄附金の増加(前年比10億円増)によるものだ。さらに人件費を2.6億円削減し、「時間外選定療養費と時間外診療費を導入(24年度事業報告書)」して診療単価を高め、医業収益を7.9億円増やした。かかる経営努力の積み重ねで黒字に転換した。

関西も状況は変わらない。公益財団法人田附興風会が運営する医学研究所北野病院が一例だ。同院は、元京都大学大学院医学研究科教授(糖尿病・内分泌・栄養内科学)の稲垣暢也理事長を中心に、多くの京都大学関係者が勤務する関西を代表する民間病院だ。2024年度、北野病院は前年度の1.1億円の黒字から、5.8億円の赤字に転落した。医業収益は273億円と、前年度比で12億円増えたが、6.6億円の人件費増、5.5億円の材料費増、4.3億円の補助金削減が重なり、コスト増を相殺できなかった。

もちろん、赤字の医療機関が直ちに「倒産」するわけではない。それぞれ内部留保があるからだ。例えば順天堂大学の自己資本比率は76%、流動比率は332%と、長短両面の財務基盤は堅固だ。とはいえ、赤字経営が続けば、財務体質の強い医療機関も早晩、持ちこたえられなくなる。早急な対応が必要だ。

現在、日本政府に財源がないわけではない。24年度の国の税収は75兆円を超え、5年連続で過去最高を記録した。だからこそ、与野党はこぞって給付や減税を叫んでいる。

日本医師会ら医療団体もまた、税収増に期待を込め、政府に診療報酬の引き上げや補助金の増額を求めている。しかし、過去2回の診療報酬改定と同じく満足できる回答は得られないだろう。残念ながら、国民の「医療崩壊」への危機感があまりにも低いからだ。

実際、直近の都議会議員選挙と参議院選挙で医療政策は主な争点にならなかった。2007年の都議会議員選挙と参議院選挙で、民主党が医療改革を前面に掲げて政権交代への足がかりを掴んだのとは対照的だ。

今後、順天堂のような名門病院を取り巻く経営環境は厳しさを増す。それは、彼らが得意としてきた高度医療の需要が減少するからだ。バイオバンク・ジャパンの報告によれば、結腸がん手術を受けた患者の平均年齢は67歳。日本心臓外科学会によれば、冠動脈バイパス手術の平均年齢は70歳だ。2023年の80歳以下人口は1億1092万人。それが30年には1億99万人と9.0%も減る。がんや心臓病の手術を受ける患者の多くは高齢者であり、その人口が急減するのだ。

加えて生活習慣の改善により、がんや心疾患の年齢調整罹患率は、既に長期的な減少傾向にある。医学の進歩により、従来は手術が必要だった疾患も、内科治療で管理・治癒できるケースが増えている。高度な医療を必要とせず、街のクリニックでも対応が可能になった。

「専門病院」の経営は堅調

都市部の名門病院の構造的弱点は「総合病院」であることだ。超一流病院といえども、全ての診療科の水準を維持できるとは限らない。競争力の低い診療科の存在が、経営の重荷になっている。立て直すには競争力がない診療科を閉鎖し、選択と集中を進めるしかない。

一方、都心部でも専門病院の経営は堅調だ。心臓病の専門病院である榊原記念病院は、2023年度財務諸表によると204億円の経常収益をあげ、9.7億円の黒字を計上している。受け取った補助金はわずか1億円にとどまる。順天堂大学が86億円、聖路加国際大学が4.6億円、北野病院が1.77億円の補助金を受け取っているのと対照的だ。しかも榊原記念病院の自己資本比率は過去4年間で27%改善し、実質的な無借金経営を続けている。詳細を省くが、名高い専門病院、がん研有明病院なども堅調(黒字)だ。

榊原記念病院やがん研有明病院は、診療領域を絞り、集中的に投資することで高度な医療水準を維持してきた。専門性の高さが患者の支持を集め、高収益をもたらしている。それに比べ総合病院は総じて各診療科の専門性が低くなりがちで、専門病院との競争に勝てなくなっている。総合百貨店が専門店との競争に敗れ、事業を縮小していった構図と重なる。

「総合」病院の看板に固執する医療機関はもはや生き残れない。聖路加国際病院、北野病院などの民間総合病院は早晩、競争力がない診療科を閉鎖していくだろう。都心部には代替できる専門病院があり、患者の側も困らない。

待ったなし「大学病院」の再編

医系技官が「縄張り」死守

より深刻なのは大学病院だ。文部科学省の大学設置基準で「学生の臨床実習に必要な施設(附属病院その他これに準ずる施設を含む)を設けなければならない」と定められており、競争力がない「総合病院」を維持せざるを得ない。実は医学教育に大学附属病院は必須ではない。ハーバード大学は附属病院を持たず、マサチューセッツ総合病院など複数の医療機関と連携して、質の高い臨床実習を行っている。日本も附属病院を大学から切り離せるように法整備を急ぐべきだ。一般病院と同じように売買可能になれば競争力のない診療科を閉鎖し、経営の効率化が可能になる。医学部は、学生実習を地域の関連病院や診療所と連携して行えばよい。在宅医療やプライマリケアの実習機会も柔軟に拡充できる。今後は、在宅医療を含む高齢者医療を担う医師の育成が不可欠であり、その実習の場としては大学病院のような巨大施設ではなく、地域密着型の医療機関の方が適している。

大学病院の再編は、厚労省が主導する「医師偏在」の是正にも役立つ。都内の大学病院に勤務する医師は一万人を超える。これは新潟県や長野県の全医師数を上回る。大学病院の医師を「リストラ」するだけで、地域の医師偏在は大幅に緩和される。

大学病院をはじめ、都市部の総合病院が生き残るには構造改革が必要だ。たとえば、「大学設置基準」から附属病院設置要件を外せば、医学部新設の障壁は低くなる。早稲田大学や同志社大学のような有力私大も、民間病院と連携して医学部を新設することが可能になるだろう。新規参入が進めば質の悪い医学部は淘汰されるはずだ。

しかし、余程の世論の追い風がない限り、実現の見通しは暗い。官僚機構による統制が利権を生み出し、制度改革を阻んでいるからだ。例えば2017年に医学部を新設した国際医療福祉大学には、鈴木康裕・元厚労省医務技監ら3人の医系技官が天下りしている。医系技官は医学部定員増や医学部新設に激しく抵抗したが、新設された途端に宗旨替えしたようだ。医学部の新設を認める規制緩和が浮上したら、彼らがどのような行動に出るか、容易に想像がつく。これこそが日本医療の構造問題だ。近い将来、東京のような大都市でさえ「医療砂漠」になりかねない。抜本的な制度改革と官僚機構からの脱却を急がねばならない。

著者プロフィール

上 昌広

医療ガバナンス研究所理事長

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