小泉農相はどこまで進めるか/立ちはだかる「農協・農林族の壁」/問われる石破総理の覚悟

号外速報(6月21日 18:00)

2025年7月号 POLITICS [号外速報]

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首相官邸で第1回「米の安定供給等実現関係閣僚会議」を開催した石破総理。左は小泉農相(6月5日、写真は首相官邸HPより)

江藤拓農相(64)の呆れた失言で急遽登場した小泉進次郎農相(44)は、備蓄米を随意契約で大量放出することで、内閣支持率を急浮上させた。国民が支持したのは、政治家が責任を持って政策を断行する、小泉農相の強いリーダーシップである。言い訳ばかりで何も改革しようとしない為政者に国民は辟易しているのだ。

小泉農相は、これから農政の立て直しに取り組むことになるが、果たして抜本的な農政改革を推し進めることができるだろうか。

農政をダメにした農林族の「介入ルール」

小泉農相に苦言を呈した野村元農相の座右の銘は「信実一路」(本人のHPより)

結論から言えば、石破茂総理(68)の下では極めて難しいと言わざるを得ない。なぜなら、石破政権は「農林族のドン」である森山裕幹事長(80)に支えられているからだ。

そもそも石破という人物は、一見もっともらしいことを言うだけで、物事を成し遂げるために自分がいま何をすべきか、わかっていると思えない政治家である。今回も米政策の見直しのための関係閣僚会議を設置して手を打ったつもりになっているが、こんなことは、農林族の抵抗を抑える上で、何の役にも立たない。

総理は自民党の総裁でもあるのだから、人事権を行使して、改革に反対する幹事長や党の農林族幹部をクビにすればよいのだ。要するに改革ができるかどうかは、総理が覚悟を決めて岩盤(利権)に穴を開けられるかにかかっている。

石破内閣を支える「農林族のドン」森山幹事長(写真/堀田喬)

農林族から見れば「小泉ジュニアは小間使い」程度の認識である。

野村哲郎元農相(81)が「小泉農相はルールも分かっておらず、(自民党)農林部会にかけないで勝手に決めている。森山幹事長からチクリと言ってやってほしい」と発言したが、これが農林族のホンネである。

小泉農相が反論したとおり、法律の運用や予算の執行は内閣の権限であって、いちいち党の農林部会の了承を得なければならないようなものではない。しかし、長年にわたり事細かく口出ししてきたのが農林族なのである。しかも、この介入(事実上のゴリ押し)が「ルール」だと思い込んでいるから、始末に悪い。

農林部会という党の組織での発言は国会での発言と異なり、刑法の収賄罪の職務権限に該当しないから、農協からの金銭支援の見返りに「応援発言」をしても、何ら罪に問われない。しかも、党は国会と違い議事録すらない。農林族にとって、こんなに都合のよいルールはない。

石破総理がホンキなら、農政をダメにしたこんな「介入ルール」をぶっ壊したらよいのだが、何も言わない。森山幹事長以下の農林族を野放しにしているのは、全国有数の農業県(鳥取)選出の石破総理自身の性と言うべきかもしれない。

岸田政権の反転・逆行で族議員が闊歩

「新しい資本主義」「新自由主義からの脱却」のフレーズで族議員を奮い立たせた岸田前首相(写真/堀田喬)

振り返ってみれば、農政改革が進んだのは第2次安倍政権であった。

安倍晋三総理も菅義偉官房長官(76)も、農業の現場の問題点を熟知し、本気で農政改革を断行しようとした。

そのために林芳正氏(現官房長官、64)など農林族ではない人物を農相に起用するとともに、党の農林部会長に齋藤健氏(後に農相、66)や小泉氏を抜擢し、改革を推し進める布陣を組んだ。さらに規制改革会議などで有力民間人が改革をリードする体制も構築した。こうした陣形が整っていたから、農地バンク法や農協改革法などの改革法案が次々に成立したのである。

ところが、岸田文雄氏(67)が首相に就くや、完全に反転・逆行を始める。我が国をこうしたいという思いもなく、総理在任期間を長くすることだけを考える岸田政権は、既得権団体ともめないことを優先した。結果、関係省庁の改革マインドは委縮し、族議員は我が物顔で闊歩するようになった。

特に、岸田総理が唱えた「新しい資本主義」「新自由主義からの脱却」というフレーズが問題だった。いまだに「新しい資本主義」とは何なのかさっぱりわからない。さらに「新自由主義からの脱却」というフレーズは、族議員にとっては「改革をやめる」と同義であり、既得権にしがみつく彼らを奮い立たせるものだった。

農協の意向を丸呑みした森山総務会長

「農協組織の総本山」東京・大手町のJAビル(写真/宮嶋巌)

こうした反転状況を最も巧みに活用したのが農林族であり、その結果が2024年5月の農業基本法の改正である。

1999年に制定された農業基本法は、開放経済下で食料の安定供給を図ることを目的として、本格的な農業経営者中心の農業構造を作ることを軸に据えたもので、これが安倍内閣の農政改革のベースとなっていたが、改革が気に入らない農協と農林族は、この基本法を反転させることを目論んだのである。

2023年12月の自民党の農業基本法改正に関する提言では、基本法の改正は「新自由主義からの脱却」であると明記され、兼業農家を重視することで構造改革にブレーキをかけ、「農協は今もよくやっている」として、農協改革を逆行させるような提言がなされた。

もちろん、かかる提言を主導したのは、農協の意向を丸呑みした当時の森山総務会長(現幹事長)だった。

マスコミは農林族を評する常套句として「農政通」という表現を使うが、これは「農協の代弁者」と同義である。農林族が国民にとってプラスになるような農業政策に通じているわけではない。農政通なる農協の代弁者が闊歩している限り、我が国の農政は決してよくならない道理だ。

2024年の基本法改正は、ロシアのウクライナ侵攻以後、盛んに使われるようになった「食料安全保障の強化」を謳い文句に行われたが、内実は改革にブレーキをかけるものであり、食料安全保障を強化するような改正内容は全く見られない。

そして、2024年5月に改正基本法成立の直後に、スーパーの店頭からコメが消えるのだから「笑い話」にもならない。岸田政権が、そして農協・農林族が、消費者への安定供給をまじめに考えていないということが露呈したまでだ。

農協・農林族が考えていることは農協利権を守ることだけであり、だから、全国農協中央会の会長が「米価は決して高くない」などと、寝ぼけたことを堂々と公言できるのだ。

地方自治体首長の多くが「同じ穴のムジナ」

農林族にとって「小泉ジュニアは小間使い」程度?(写真/宮嶋巌)

付言すると農林族というのは、実は国会議員だけではない。多くの都道府県知事も農林族である。

2024年夏に備蓄米放出を求めた吉村洋文大阪府知事のような人もいるが、多くの知事は米価高騰について一言も発せず、小泉農相が備蓄米を随意契約で大量放出した途端に、「農家のことも考えてくれ」などと、小泉農相に陳情に走り出す有り様だ。

農協からカネ(政治資金)とフダ(選挙支援)をもらっている点で国会議員も地方自治体の首長も同じ穴のムジナである。

議院内閣制の日本では、総理は国民から直接選ばれるわけではないが首長は直接選挙で選ばれるため、農協の影響力は国より地方自治体に、はるかに強く及ぶ。このことが、農政がよくならない大きな要因でもある。

国が改革の方向性を打ち出しても、地方自治体が動かないからだ。なかには、地方自治体が自ら公正に行うべき業務(例えば補助金の配分)まで農協に丸投げしているケースもある。

農協は公的な組織ではないし、経営意識の高い本格的農家は自ら農産物を販売する方が有利なので農協と距離を置いているから、必要な補助金が本格的農家には流れない由々しき状況が起こっている。

要するに、農政改革の前に立ちはだかる農林族・農協の壁は非常に厚い。それは企業・団体献金を通じて既得権団体と濃密に結びつく、自民党の政治構造に起因すると言っても過言ではない。

小泉農相は、最近まで自民党政治改革本部事務局長として、企業・団体献金の廃止に反対する立場を表明してきたが、企業・団体献金が農政改革の阻害要因であることは明らかだ。

小泉農相が本気で農政改革をやろうとするなら、さらに「大きな改革の旗」を掲げて総理を目指そうとするなら、企業・団体献金の問題は決して避けて通れない「岩盤」テーマだ。

総理に既得権団体・組織と戦う覚悟があるか

小泉農相にはマスコミも使って国民を味方につけて改革を進めてもらいたいものだが、農協・農林族の抵抗を封じて抜本的な改革が進められるかは、農相レベルの問題ではなく、総理の問題だ。

安倍内閣で改革が進められ、岸田内閣で改革が反転したのは、総理自身の姿勢によるものだ。総理が既得権団体・組織と戦って、我が国のシステムを抜本的に改革する決意があるかが問われているのだ。

石破首相の下で農政改革の展望が開けないなら、小泉農相自身が政権を取ることをホンキで目指すしかないだろう。

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