モジュール部品、ソフトウエア開発、車両組立ての三分割説。アイシンやジェイテクト、デンソー界隈で囁かれる再編はその布石か。
2025年7月号 BUSINESS [世襲と構造改革]
トヨタ自動車グループの再編が加速する。トヨタの源流企業である豊田自動織機は6月3日、トヨタ、トヨタ不動産、豊田章男トヨタ会長が主導する買収提案を受け入れると発表した。
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Photo:Jiji
そのスキームはこうだ。トヨタが7千億円、トヨタ不動産が1800億円、豊田氏が個人で10億円出資して持ち株会社を設立。トヨタは優先株、トヨタ不動産と豊田氏は普通株での出資となり、持ち株会社の議決権の99.5%をトヨタ不動産、0.5%を豊田氏が握る。その持ち株会社傘下の特別目的会社(SPC)が2025年12月上旬にもTOBを実施し、豊田自動織機の株式を取得して非公開化する。非公開化後に、豊田自動織機は、トヨタが保有する豊田自動織機株を買い取り、SPCと合併する。
SPCは大手金融機関から2兆8千億円を借り入れる。投資と融資を含めた買収総額は4兆7千億円で、国内上場企業の非公開化としては過去最大規模になる見通し。
豊田自動織機株については、デンソー、アイシン、豊田通商といったトヨタグループ企業が保有しているが、TOBを機に売却。一方、豊田自動織機は保有するトヨタ株、アイシン株、デンソー株、豊田通商株を手放す。これにより、トヨタグループ内での株式の持ち合い解消は一気に加速する。
このスキームだと、非公開化後の豊田自動織機を、トヨタ不動産が実質支配、さらに言えば、創業家の影響力が強くなるようにも見えてしまう。ただ、トヨタは「トヨタグループがいまさら創業家のものというわけではない」との見解を示し、創業家支配強化の見方については否定している。
トヨタ不動産は一般には知られていない。旧社名は東和不動産。トヨタグループの株式を1兆円以上保有していると見られ、トヨタグループの持ち株会社的な側面がある。会長は豊田章男氏で、前会長は氏の実父、故章一郎トヨタ名誉会長だった。4年前に就任した現社長の山村知秀氏は三井不動産出身だが、歴代社長はトヨタの秘書部長経験者が付くケースが多かった。
3日の記者レクには、トヨタ不動産取締役として近健太トヨタ執行役員、山本正裕トヨタ経理本部長らが出席したが、近、山本両氏ともに章男氏の秘書経験者だ。
この豊田自動織機の非公開化は、トヨタグループ再編の序章であり、最終形ではないのではないか。すでに「トヨタにはさらに壮大な構想があるはず」といった声がグループ内から出始めている。
その一つが、長期的にはトヨタグループは持ち株会社の下、モジュール部品会社、ソフトウエア開発会社、車両組立て会社の3つの事業会社に再編されるというストーリーだ。カギを握るのが、豊田自動織機。「非公開後、同社はいずれ事業会社と資産管理会社に分割され、資産管理会社がトヨタ不動産と経営統合し、トヨタの持ち株会社になるのではないか」と見る向きもある。
そうなれば、創業家が実質支配すると見られる資産管理会社は非上場なので、世襲もしやすくなる。かつてトヨタでは奥田碩(ひろし)社長時代に持ち株会社構想を進めたことがあるが、章一郎氏の反対により頓挫したとされる。その章一郎氏が鬼籍に入って創業家も代替わりしたことや、自動車産業を取り巻く環境の変化などへの対応から再び持ち株会社構想が動き始めた可能性がある。
3つの事業会社のうち、再編の動きが激化するとみられているのがモジュール部品会社。EV時代を見据えて、トヨタグループのアイシンとジェイテクトが核になるとの見方もある。その布石なのか、アイシンとジェイテクトは構造改革を急いでいる。
アイシンの現在の主力事業は自動変速機(AT)とハイブリッドシステム。加えて、将来的に成長を狙うのがEV向けのイーアクスル。イーアクスルとは、EVの動力源で、モーターとそれを制御するパワー半導体、動力を伝える減速機で構成され、ガソリン車にたとえるなら、エンジンと変速機に相当する。アイシンでは「Xin1」と呼び、モーター、インバーター、減速機以外にも、熱マネジメント、コンバーターも一体化しようとしている。
主力事業のATについては、トヨタ本体も衣浦工場(愛知県碧南市)で生産している。「衣浦工場をアイシンに集約してグループ内の効率化を進める構想も浮上している」(トヨタ系列企業役員)
またアイシンは自社内のグループ再編も強化している。鋳物のアイシン高丘、電子ブレーキのアドヴィックス、ブレーキパッドなどのアイシン化工がグループ大手3社だが、25年4月にアイシン化工を本体に取り込んだ。電子化によりブレーキパッドの仕事は将来的に減ると見られており、本体に取り込んだ方が構造改革しやすいからだ。
次にジェイテクトの動き。同社は06年に軸受けやベアリングやパワーステアリングの光洋精工と、工作機械の豊田工機が経営統合して発足した。しかし現在でもシナジー効果が出ているとは言えない。「仕事の仕組みも旧会社ごとにばらばらで、企業文化の融合もできていない。工作機械事業を再び切り離したらいいのではないか」(トヨタOB)と指摘する声も出ている。
トヨタは、動力を車輪に伝えるドライブシャフトなどを製造する三好工場(愛知県みよし市)をジェイテクトに売却する構想を持つとされる。EVの時代になっても当面はドライブシャフトの技術はいる。
こうした中で、EVで先を行くテスラは「アンボックス」と呼ばれる新たな製造手法を導入する計画だ。従来型の車体製造は鉄板をプレス加工して車体(箱)を作り、その中にエンジンや内装などの設備を組み付けている手法を取っていたが、テスラは箱を作らず、車を6つのブロックに分けて生産、それを組み立て工場で組み付ける。
こうした作り方に変化すると、アンダーボディーは一体化して「統合シャシー」という概念が出てくる。「統合シャシー」では、パワーステアリング、ブレーキ、イーアクスル、ドライブシャフトなどを一体で造る方が効率的。そうなるとブレーキやイーアクスルを手掛けるアイシンとの関係強化が求められるだろう。状況によっては、アイシンとジェイテクトの経営統合という流れも出てくるのではないか。
ソフトウエア開発会社はデンソーが軸となる。デンソーとトヨタはすでに23年10月に「デジタルソフト開発センター」を設置し、共同で次世代のクルマ向けソフトウエアの開発を推進している。副センター長には当時、デンソーCTOの加藤良文氏が兼任で就いた。このデジタルソフト開発センターから業務を委託されるトヨタ子会社ウーブン・バイ・トヨタの社長もグーグル出身のジェームス・カフナー氏からデンソー元常務の隈部肇氏に交代している。
ソフトウエア開発会社は電動化に加え、無人運転など車の知能化が加速する中で次世代車の大きな付加価値を担う会社となる。ここでのポイントは、トヨタグループ外とのM&A戦略の加速となるのではないか。
デンソーは5月8日、ロームの株式を取得し、半導体分野で提携すると発表した。この動きについてある関係者は「デンソーのパワー半導体は冷却システムが一世代古い。そこで新しい技術を持つロームに出資し、近づいているのではないか」と言う。
一方でロームは、同じくパワー半導体を手掛ける東芝デバイス&ストレージとの関係を強めており、2社で共同生産する計画を決めた。これに対して経済産業省が重要戦略物資の国内基盤強化のために1千億円を超える補助金を出している。
パワー半導体の世界勢力図を見ると、独インフィニオンがシェア21%で1位、米オンセミコンダクターが10%で2位、スイスのSTマイクロエレクトロニクスが9%で3位。この大手3社で世界シェア40%を占める。ロームは3%で7位だ。
EVではパワー半導体の需要が高まると見て、デンソーはロームに近づき始めたのであろう。ロームの株式の時価総額は約6千900億円。デンソーはかねてより1兆円規模の買収を目論んでいるとされる。デンソーがローム、東芝を一気に呑み込むことも十分にあり得る。
トヨタグループではないが、トヨタ系列で再編の「大穴」企業がある。トヨタが筆頭株主の自動車用照明装置メーカーの小糸製作所だ。老舗自動車部品メーカーにしては時価総額が5900億円ほどあり、株式市場では注目されている銘柄でもある。
世界的にみても自動車用照明装置業界では再編が起こっている。22年には部品大手の仏フォルシアが独ヘラーを買収した。ヘラーはドイツで最大の自動車用照明装置メーカー。自動運転の技術の進化に合わせて、照明装置とセンサーの一体化が進んでおり、エレクトロニクスに強いフォルシアと、照明に強いヘラーが統合することで互いの強みが持ち寄れると判断したようだ。
さらに照明装置と高精度3Dマップや人工衛星の位置情報を連動させ、道路状況に応じてランプの向きを自動的に調整することで、運転手が確認したい方向に照射できるシステムの導入も始まっている。
小糸製作所も自動運転関連の開発強化に乗り出している。たとえば、照明装置と画像処理センサーの技術を組み合わせることで夜間走行時の認識率を高めるための技術開発でデンソーと協業を開始している。
これまで述べてきたことは、自動車業界に押し寄せる大きな技術革新の波に対応するには、大胆に事業をくくり直したり、大規模なM&Aを仕掛けたりすることが不可欠な状況になっているということだ。これはトヨタグループだけに限らず、日本全体の自動車産業に言えることだろう。