深層レポート/プーチンのロシアはなぜ、かくも強いのか/平田竹男・元内閣官房参与

サウジと「野合」、中国と「結託」、日本に「負のインパクト」

2025年7月号 POLITICS [トランプを手玉に取る]
by 平田竹男 (早稲田大学教授)

  • はてなブックマークに追加

サウジアラビアのリヤドでムハンマド皇太子の歓迎を受けるプーチン大統領(2023年12月6日)

Photo:SPUTNIK/Jiji Press photo

2022年2月のウクライナ侵攻以降、ロシアは欧米からの経済制裁に直面しながらも、エネルギー輸出による収入を維持し、戦費を支え続けています。制裁で苦しむはずのロシアがなぜ崩れないのか。その鍵は、プーチン政権が20年以上にわたって築いてきた「資源国家戦略」とサウジアラビアとの互恵的連携にあります。

今後の世界情勢を占う上で、持久戦に耐えられるロシアは、イーロン・マスクとの内戦に対応しつつ勇ましい言動の成果を問われ、26年の中間選挙が迫り来るトランプ大統領を手玉に取ることが予想されます。

筆者が資源エネルギー庁で石油天然ガス課長を務めていた1990年代末、ロシアは財政赤字やインフラ老朽化が深刻でした。ソ連崩壊後の混乱期を経て、国家機能の再建が急務となっていたのです。そのような状況下で2000年に登場したのがウラジーミル・プーチンでした。

彼は大統領就任と同時に、民間企業化が進んでいたエネルギーセクターを再び国家の統制下に置くべく動き出しました。かつての寡頭資本(オリガルヒ)によって支配されていた石油・ガス企業を国家の手に戻す政策を断行し、国営企業ガスプロムとロスネフチを中核に据えた体制を確立しました。

これにより、エネルギー産業の収益はロシア連邦予算に直接反映される構造となり、天然ガス・石油の輸出が国家財政の根幹を成すことになりました。特にガスプロムは単なる企業ではなく、ロシア外交・安全保障政策の延長線上に位置づけられ、エネルギー供給と地政学を結びつける役割を担う存在となったのです。

国民1人当たりGDPが5倍に上昇

エネルギー価格の高騰もロシアの追い風となりました。プーチン政権が誕生した2000年当時の原油価格は1バレル当たり20~30ドルでしたが、08年の南オセチア紛争時には96ドル、14年のクリミア侵攻時には114ドル、そして22年のウクライナ侵攻時には120ドルに達しました。国際紛争が起きるたびに油価が上昇し、それに伴ってロシアのエネルギー収入も増加してきました。

また、原油価格とロシア国民の一人当たりGDPの推移は極めて高い相関性を示しています。1バレル20ドル台の時代に比べて、国民1人当たりGDPは約5倍にまで上昇しました。さらにプーチン大統領は就任直後に累進課税を撤廃し、所得税を一律13%に引き下げたこともあり、中間層の拡大と生活水準の向上が進みました。これらは、プーチン政権の強固な国民的人気の基盤を支える要因となっています。

この現実は、経済制裁によってロシアの対外取引を封じ込めようとする試みに対し、国際エネルギー価格の高騰という副作用が、それ以上の影響力を持って跳ね返っているという構造を示しています。西側諸国がロシアを経済的に締め上げるために制裁を強化すればするほど、供給不安から石油や天然ガスの価格が上昇し、その結果としてロシアのエネルギー収入はむしろ増加するという逆説的な状況が生じています。

実際、バイデン政権が22年にウクライナ支援として議会に要請した330億ドルの予算に対し、ロシアの石油・天然ガス収入は前年比28%増の約11.586兆ルーブル(約1685億ドル)に達したとされており、結果としてロシアは支援額を上回るエネルギー収益を確保しています。制裁の象徴的意義はあるとしても、価格メカニズムによる収益増が上回る限り、現実には経済的打撃とはなりにくいというエネルギー地政学の非情な側面が浮かび上がります。

こうしたロシアの発展を支えた政策として東西へのパイプライン戦略が挙げられます。特に注目すべきは、欧州向けのパイプライン戦略です。もともと旧ソ連時代からロシアと欧州を結ぶパイプラインは存在していましたが、ソ連崩壊後はウクライナ経由が必要不可欠な構造となりました。ところが、ロシアとウクライナの間では度重なる価格交渉や政治的対立が起こり、しばしば供給停止や契約紛争が発生。特に2006年と09年の「ガス戦争」では欧州への供給が実際に途絶える事態となり、エネルギー安全保障に対する欧州側の懸念が一気に高まりました。ロシアにとっても、政治的に不安定なウクライナを中継国とする体制はリスクと見なされ、安定的な輸出ルートの確保が課題となっていったのです。

ドイツ・ルブミンの「ノルドストリーム1」施設

Photo:EPA-=Jiji

この状況を受けてロシアは2000年代以降、ウクライナを迂回する新たなパイプライン構築に本格的に乗り出しました。05年には「ノルドストリーム」計画をドイツ・フランスとともに発表し、11年にノルドストリーム1が稼働しました。これはロシアのウスチ・ルガ港とドイツのグライフスヴァルトをバルト海経由で直結するパイプラインで、年間550億立方メートルの天然ガスを供給する能力を持ちます。

周到な欧州向け「パイプライン戦略」

さらにロシアは、南欧への供給網を整備すべく、「トルコストリーム」パイプラインの建設を進めました。これはロシア南部から黒海を経由してトルコに至り、そこからブルガリア、セルビア、ハンガリーなどのバルカン諸国へとガスを送るルートです。19年に稼働を開始したこのパイプラインにより、ロシアは南欧への供給ルートでもウクライナを迂回した欧州への供給網をさらに強化しました。その結果、ロシアのパイプライン政策によって欧州への安定供給を実現するとともに、ロシアの国力の安定にもつなげることが可能となるばかりか、欧州への影響力を高めることにも成功していたのです。

実際に、2021年時点でロシアはドイツ、イタリア、フランスを含む欧州連合(EU)主要国にとって最大級の天然ガス供給国となっており、ドイツには全輸入量の55%、イタリアには43%、フランスには24%、EU全体では39%を供給していました。エネルギー供給国としてのロシアの存在感は、欧州諸国のエネルギー政策に影響を与える要因となり、外交や経済交渉においても強いカードとして機能していたのです。加えて、ノルドストリーム2も整備され、21年には物理的に完成を迎えており、ロシアのエネルギー影響力は今後さらに拡大する見通しでした。しかし、その後のロシアによるウクライナ侵攻とそれに対する欧米諸国の強硬な対応により、ドイツ政府は稼働認可を凍結し、ノルドストリーム2は実際には稼働することなく停止状態となっています。

また、欧州とのパイプラインの整備の一方で、ロシアは中国とのエネルギー関係強化も着実に進めてきました。

対中エネルギー輸出が飛躍的に増加

対独戦勝80周年記念式典でのプーチンと習近平の蜜月(2025年5月9日)

Photo:SPUTNIK/Jiji Press photo

2014年にはロシアと中国が30年間の天然ガス供給契約を結び、東シベリアのチャヤンダ・ガス田から中国東部へ天然ガスを供給する「シベリアの力(Power of Siberia)」パイプラインが建設されました。19年に稼働したこのパイプラインは、最終的に年間380億立方メートルの供給能力を目指しており、23年の供給量は約227億立方メートルに達しています。

石油でもロシアは2009年に東シベリア・太平洋パイプライン(ESPO)を稼働させ、中国の大慶市に直接接続する支線を通じて原油を供給しています。さらに、太平洋側のコズミノ港からはタンカー輸送によって中国南部やその他アジア市場にも供給が広がっています。

特にロシア・ウクライナ戦争以降、中国との関係は一段と強化されており、ロシアの中国向けエネルギー輸出量は飛躍的に増加しました。実際、ロシアの中国向け天然ガス輸出は「シベリアの力」を通じた輸出量が2021年の約100億立方メートルから23年には227億立方メートルに倍増しています。また石油も21年の約1600万トンから23年には約2000万トン超へと増加しています。これによりロシアは、制裁により縮小した欧州市場に代わる新たな販路を確保することに成功し、中国市場がエネルギー輸出の生命線となりつつあります。

加えて、ロシアは「シベリアの力2」構想を推進しており、西シベリアのガス田からモンゴルを経由して中国に至る新たなパイプラインの建設計画を進めています。さらに、ロシア極東のサハリン地域から中国東北部に天然ガスを送る「サハリン—黒河線」の構想も存在し、これはサハリン2プロジェクトの一部として中国側とガスプロムが協議を進めているルートです。これらの取り組みによりロシアは、中国市場への輸出量をさらに拡大し、欧州への依存を構造的に減らす戦略的転換を図っています。中国側もロシアとの取引を価格面で有利な契約条件で結んでおり、両国のエネルギー協力は地政学的・経済的にますます重要性を増しています。(詳しくは拙著『世界資源エネルギー入門』(東洋経済新報社)参照)

サウジを軸に中東産油国と連携強化

東西パイプライン戦略と並行して、サウジアラビアをはじめとした中東産油国との関係の強化も進め、ロシアは世界の石油市場における影響力強化も進めてきました。2016年にはロシアがOPECと連携し、「OPECプラス」という枠組みが発足しました。OPECプラスは、OPEC加盟国12カ国にロシアやブラジル、メキシコ、カザフスタンなどの非加盟産油国を加えた23カ国で構成され、世界の原油生産の約5割を占める巨大な枠組みです。ロシアは正式なOPEC加盟国ではありませんが、事実上の共同主導者としてサウジアラビアと連携し、増産・減産の判断に深く関与しています。とくにコロナ禍以降の価格急落局面では、協調減産を主導し、原油価格の下支えに貢献しました。

さらにOPECの中でもサウジアラビアとの関係が強化されています。近年、注目すべき動きとして、サウジアラビアがロシア産原油を輸入し、それを自国の国内消費に回す一方、自国産の高品質原油をアジア市場に輸出するという動きが見られます。特に23年2月ごろから、サウジアラビアがロシアからの石油製品の輸入量を大幅に拡大しており、1月から6月までの半年間で比較すると、前年同期比で9倍以上に増加し、6月単月でみると、13倍という驚異的な伸びを記録したと報じられています。背景には、ロシア産の原油が欧米などによる制裁の影響で、国際的な原油価格と比べて3割ほど安く取引されていると言われており、サウジにとっては国内消費用のコストを抑える上でも好都合な選択肢となっている事情があります。

加えて、2023年3月には、国際的な原油取引の指標となるWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエイト)先物価格が1バレル=70ドルを割り込みました。7月以降は上昇傾向にあるものの、IMF(国際通貨基金)の試算によれば、サウジアラビアが国家財政を均衡させるためには、原油価格が1バレルあたり80ドル前後である必要があるとされており、価格低迷は財政を直撃しかねない状況でした。

このような中で、サウジアラビアは価格を下支えしようと、23年4月に原油の「自主減産」を発表し、OPECプラスとして7月からは日量100万バレルの追加減産にも踏み切り、8月以降も延長を決定しました。しかし、価格はサウジの希望水準には届かず、収入確保の手段として「割安なロシア産石油製品を輸入し、自国産の高品質原油を国際市場に輸出する」という構図が選ばれたと見られています。

こうしてロシアは、欧州と中国の両市場を結ぶパイプライン外交と、OPECプラスという多国間の協調体制の双方を使い分けることで、制裁下でもエネルギー国家としての地位を維持し続けているのです。

「三大産油国」米・ロ・サウジの協調も

こうしたロシアのエネルギー戦略において注目すべきは、プーチン大統領とアメリカのトランプ大統領との関係です。2025年3月には、トランプ氏がウクライナ戦争に関して「30日間の全面停戦」を提案する電話会談が行われましたが、プーチンが応じたのは、あくまでエネルギー関連施設への攻撃停止という限定的な合意にとどまりました。これも強固なエネルギー政策によって制裁を受けても大きな打撃を受けなかったロシアだからこそ、トランプ大統領に対しても強気の姿勢を貫くことができたといえます。

さらに注目すべきは、25年3月下旬に行われた米ロ首脳会談です。この会談は、サウジアラビアのリヤドで開催され米ロ関係の調整役として、サウジアラビアが積極的な仲介外交を展開した点です。原油価格の変動が双方の経済に影響を与える中、サウジアラビアは自国の産油国としての地位を活かし、米ロの利害を調整する中立的な場を提供しました。こうしてリヤド会談は、米ロの緊張を一時的に緩和させると同時に、エネルギーを軸とした実利的な三極協調の可能性を示す外交舞台となったのです。三極の戦略的接点として位置づけられるこの会談は、単なる停戦交渉にとどまらず、原油価格や輸出ルート、供給調整といった国際的エネルギーガバナンスの今後を左右する意味でも国際社会の注目を集めました。

2023年の原油生産量において、アメリカは世界全体の20.2%、サウジアラビアは11.8%、ロシアは11.5%を占めており、この3カ国だけで世界の原油生産の約43%を構成しています。これに加え、世界全体の可採埋蔵量でもサウジアラビアとロシアは上位に位置し、潜在的な供給能力と価格影響力を併せ持つ存在です。仮に、こうした関係がさらに発展し、アメリカ、ロシア、サウジアラビアという世界の石油生産トップ3が協調する構図が現実になれば、エネルギー市場における価格決定権はこの3カ国が握ることになります。

つまり、名目上は市場メカニズムに委ねられている原油価格ですが、仮にアメリカ・ロシア・サウジアラビアという三大産油国の政策が一致すれば、実質的にはこれら3カ国が価格や供給の方向性を左右する構造が強まる可能性があります。供給調整、価格安定、制裁対応といったテーマも、3カ国の政策によって大きく影響されるシナリオが現実味を帯びてきます。こうした仮定に基づけば、エネルギーを通じた地政学的な力学が今後さらに際立ってくると考えられるでしょう。

ロ・中に妥協を余儀なくされるトランプ

プーチン政権が築いてきたエネルギー国家戦略とサウジアラビアとの互恵的連携は、経済・外交の両面でロシアに強固な安定をもたらしています。ロシアがウクライナを攻撃すれば原油価格の高騰により戦費が調達され、サウジアラビアとの連携により西側諸国の制裁の影響を打ち消す構造が築かれています。

サウジは中国の仲介でイランとの関係修復に向かうなど中国との関係も強化しています。中国は、高い関税を武器に強硬に対峙して来たトランプ政権により、逆にサプライチェーンなど経済基盤をより強靭にしています。

今後、トランプ大統領はロシアや中国に種々の妥協を余儀なくされることが予想され、日本はその負のインパクトに備えながら注視していく必要があります。

著者プロフィール
平田竹男

平田竹男

早稲田大学教授

1960年大阪生。横浜国立大学経営学部卒業、ハーバード大学J.F.ケネディスクール行政学修士、東京大学工学博士。1982年、通商産業省(現経済産業省)入省。
資源エネルギー庁石油天然ガス課長を最後に退官し、2002年日本サッカー協会専務理事に就任。2006年からは早稲田大学大学院スポーツ科学研究科教授に就任。
2013年より内閣官房参与(文化・スポーツ健康、資源戦略担当)、内閣官房東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会推進本部事務局長(~2021年まで)を務める。

  • はてなブックマークに追加