来日したダルトン創業者はヘリオスを揺さぶる。アクティビスト天国ニッポンの象徴だ。
2025年7月号 BUSINESS
ダルトンのローゼンワルド氏はフジテレビ本社前に立ったが…
Photo:Jiji
フジ・メディア・ホールディングス(HD)にかみつき、一躍有名になったアクティビスト(物言う株主)の米ダルトン・インベストメンツがフジ以外の企業でMBO(経営陣が参加する買収)を進めている。
フジ・メディアHDにプロキシーファイト(委任状争奪戦)を挑んでいる5月半ば、ダルトンの創業者、ジェイミー・ローゼンワルドがプライベートジェットで来日した。フジ・メディアHDの株主総会に社外取締役を送り込もうとしている件で、マスコミの取材を受けるのが表向きの理由だった。
しかし本当の目的は数十社あるとされる投資先企業との交渉だった。訪問先にはダルトンのグループ会社であるニッポン・アクティブ・バリュー・ファンド(NAVF)と共同で発行済み株式の約26%を保有するヘリオステクノホールディングがあった。
東証スタンダード上場でランプや液晶ディスプレーパネルなどの製造装置事業を手掛けるヘリオスは昨年5月、再生ウエハー事業のRSテクノロジーズへの身売りを試みた。RSはヘリオスの完全子会社化を目的に最大約150億円でTOB(株式公開買い付け)を実施すると発表。しかしダルトンはTOB公表後、「買収価格が安すぎる」とヘリオス株を買い進め、同買収劇が頓挫した。
しかしヘリオス経営陣はRS以外への身売りを躊躇。そこでダルトンはその後もヘリオス株を買い増し筆頭株主になった。
このダルトンの動きに便乗したのがロンドンを基盤とするアクティビストのアセット・バリュー・インベスターズ(AVI)だった。約170億円の時価総額に対し、120億円もの現預金を抱えるヘリオスの「メタボ体質」を問題視した。AVIは今年4月、ヘリオス株の5%強を保有し、同時に大規模な自社株買いを求める株主提案を提出した。「ヘリオスに前門の虎と後門の狼が立ちはだかった形だ」(金融関係者)
これを奇貨としたダルトンは一策を講じたとされる。「ヘリオスに対して『ダルトンからの取締役を受け入れろ』と迫った。断ればダルトンはAVIの株主提案に賛成するとも。究極の二択だった」(前出関係者)。困ったヘリオスはダルトンが推薦する2人の取締役の受け入れを決め、ローゼンワルドの来日に合わせるかのごとく5月14日に正式発表した。
「アクティビストから取締役を送り込まれた上場企業は覚悟を決めた方が良いだろう」と市場関係者は言う。実績がある。ダルトンはプラスチック製造の天馬に社外取を送り込んだ。その結果、天馬は今年3月に経営陣によるMBOを発表している。
ヘリオスが5月に発表したリリースには「業務提携契約締結」とあり、ダルトンの力を借りたM&Aが表向きの理由となっている。しかしこれを字句通りに受け取る向きは少ない。「ダルトンはM&Aのアイデアが尽きたことを理由にしてMBOか身売りを求めるだろう。ヘリオスのM&Aの対象は他社じゃない。割安の自社株だ」と取引先金融機関幹部は指摘する。
経済産業省が2023年に公表した「企業買収における行動指針」をきっかけに上場企業の非公開化ブームが到来した。米ブルームバーグによると、24年の国内MBO件数は37件と過去最多を更新。最近ではトヨタ自動車のルーツである豊田自動織機がトヨタと創業家による非上場化を決めた。非公開化時代のキーワードは「アクティビスト」と「資産持ち」だ。
今春、アンテナ製造で知られる電気興業にある株主から一通の手紙が届いた。差出人は香港のアクティビスト、オアシス・マネジメントの最高投資責任者(CIO)のセス・フィッシャー。電気興業の筆頭株主だ。手紙ではさえない業績と株価のパフォーマンスを痛烈に批判、「MBOを求める内容だった」(取引先金融機関)という。
エレベーター大手のフジテックの創業家一族を退任に追いやるなど、オアシスは日本で最も成功を収めたアクティビストである。「21年から投資している電気興業の株価は投資時点から30%以上も下がり、大きな含み損を抱えている。フィッシャーはついにしびれを切らした」(市場筋)。ちなみに電気興業はヘリオスと同様、約190億円の時価総額に対して160億円程度の現預金を持つメタボ体質となっている。
オアシスは手紙の送付と並行して力業に出た。今年3月に電気興業株を買い増しし、保有比率を10%弱から2ポイント引き上げたのだ。長期化する業績低迷で、社長の近藤忠登史が昨年6月の株主総会で得た取締役賛成比率は52.9%。「非公開化に動かなければ今年の総会で反対票を投じ、近藤が再任されないようにする」というメッセージを送った。
慌てた電気興業は即座に動いた。「経営陣がプライベート・エクイティ(企業買収ファンド)を中心とした買い手候補を探しに乗り出した」(金融機関)。オアシスからの圧力とMBO観測が市場に広がり、株主総会の招集通知が出される6月に入って株価は上昇基調をたどっている。
ダルトンやオアシスのように、露骨に買い増しし、企業に公然と非公開化を迫ることは「オープンリーチ戦略」と言われる。一方でアクティビストが密室で非公開化を迫る手法もある。
今年3月、浜松に本社を構えるピアノ製造大手の河合楽器製作所が買収防衛策の非継続を発表した。大量保有報告書は出ていないが、金融界ではシンガポールのアクティビスト、ひびき・パース・アドバイザーズが河合楽器に非上場化を求めたと囁かれている。ひびきCIOの清水雄也は、同じくシンガポールのアクティビスト、3Dインベストメント・パートナーズの推薦で富士ソフトの社外取を務めた有名人だ。
河合楽器が買収防衛策を外した理由について、金融関係者は「ひびきの要求がエスカレートする前に会社を売り出すメッセージだろう。河合楽器にしてみれば、ひびきだけでなく、3Dまで出てこられてはたまらない」と分析する。
上場企業が株式の非公開化を決めると3割程度のプレミアムがつくのが一般的だ。このため、どの上場企業が株式を非公開化するかを当てるゲームが流行っている。あるヘッジファンド関係者は「いい加減な中期経営計画を探すのがポイントだ。そういう企業は将来的なMBOをにらみ、中計で株価が下がるようにしているから」と語る。
婦人下着販売のシャルレは、かつて追放された創業家取締役の林勝哉が21年に社長に復帰した。24年に中計を発表したが、「噴飯もの」と酷評された。時価総額は約60億円なのに現預金が80億円超。その使い道やPBR(株価純資産倍率)の改善にも言及していなかったからだ。「あえて株価を下げて、MBOを容易にしようという狙いが透けて見える」。前出のヘッジファンド関係者はそう見ている。(敬称略)