ラピダスのA級戦犯/血税をドブへ流す/おぞましき「9人の実名」

ラピダスは突き進み、3年後には行き詰まる。そのとき、一番の責任を負うのは、この男――。

2025年5月号 DEEP

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東哲郎(左)と小池淳義(右)は再三再四、甘利明(中央)を口説いた

Photo:Jiji Press

経済産業省情報産業課の金指壽(かなざしひさし)課長は3月31日午前中、省内で記者むけにレクチャーし、北海道千歳市で建設が進む国策半導体会社ラピダスの工事進捗状況が順調に進んでいる、と力説した。「製造装置の開発が順調に進み、建屋の工事も計画通り進んでいます」と。情報産業課は家電、パソコン、電子部品、半導体など幅広い産業を所掌しているが、金指の眼中にあるのはラピダスのことだけ。「彼は自分が集中できるところだけやって、あとは捨てるんです」。そう同僚は評する。かくして金指はラピダスに集中する。

「夢よ、もう一度……」

1998年入省。東大工学部材料学科卒の「技官」だ。経産省のキャリアは文系の事務官と理系の技官と二種類ある。毎年、事務官の方が少し多く、各十数人を採用するが、技官は原子力、金属、航空宇宙など専門が細分化するのに対し、事務官は事務次官を筆頭に省内高位高官を牛耳る。かつては立地公害局長など技官にも局長ポストはあったが、いまはそうしたポストをほとんど失った。技官は、事務官の構築した秩序の範囲内で、事務官に反論しない範囲内で出世する。金指もいまは己の出世がかかっているのだろう。

だから彼は少しでもラピダスが批判されるのが気に入らない。電機業界担当記者や経産クラブの記者から、自分にとって気に入らない質問があると、すぐ切れる。「金指はすぐに頭に血が上り、『書く記事によっては今後は取材に応じかねます』なんて平気で言いやがる」と担当記者。ほかにも「取材中に喧嘩になった」「思い上がるのもいい加減にしろ」と、記者クラブ内の評判はすこぶる悪い。日本国憲法が保障する「言論の自由」をおろそかにして、ラピダスに関する言論統制を敷いているのだ。逆に言えば、ラピダスはそれだけの危うさを抱えているとも言えよう。そもそもの成り立ちの経緯からして奇妙である。

米IBMは、かつては大型のメーンフレームコンピューターに必要な部品=ハードディスク、半導体、液晶ディスプレーなどを自社で内製化していた。しかしマッキンゼー出身のルイス・ガースナーをトップに擁した頃からシステム構築とコンサルティングなどサービスに軸足を置き、機器(ハード)の製造を縮小してゆく。ハードディスク部門は日立製作所に売り払い、半導体製造部門も米グローバル・ファウンドリーズに売却した。

だが軍事と宇宙の技術開発でIBMは米国政府とともにある。国家の安全保障と威信を支える技術を維持しなければならないのだ。したがってIBMは軍と宇宙に直結する先端半導体の研究開発だけは自社で継続してきた。その拠点がニューヨークのオールバニの研究開発施設である。IBMは2021年に、そこで開発してきた世界初となる2ナノメートルの半導体開発に成功した。当時最先端の7ナノ半導体より45%高いパフォーマンスと75%少ない電力消費を実現するというのが、このときのIBMの触れ込みだった。しかし自社では研究開発だけで、工場による製造をしていない。そこで白羽の矢を立てた相手が日本だったのだ。

ちょうど自民党の有力議員である甘利明が主宰する経済安全保障の勉強会で、当時ウエスタンデジタルの日本法人トップにいた小池淳義が半導体について講義したころだった。小池は日立製作所の半導体部門を歩み、2000年には日立と台湾UMC合弁のファウンドリー企業「トレセンティ」を設立した人物である。トレセンティは短命に終わり、ルネサスに吸収されてしまったが、「先端半導体のファウンドリー工場を再度作りたい」と“夢よ、もう一度”と思っていたところ、甘利のもと自民党の有力議員たちの前で講演する機会を得た。仲介したのは小池の日立時代の大先輩である中西宏明(経団連会長)だったらしい。

一方、IBMは20年、経産省の商務情報政策局に対し、自社開発した最先端の2ナノ半導体を「日本メーカーが製造しないか」と持ち掛けていた。だが、経産省がルネサスやキオクシアなど日本メーカーに打診したところ、各社とも巨額資金がいる最先端半導体の開発をやる気はなく、色よい返事は得られなかった。

そのときIBM側が突然、日本のプロジェクト・リーダー役として指名したのが東京エレクトロンで長く社長、会長を務めてきた東(ひがし)哲郎だった。エレクトロンも2002年以降、米オールバニの拠点で、IBMと同じように先端半導体の製造技術について研究開発に取り組んできた。IBMの研究開発部門の責任者のジョン・ケリーは東とは旧知の間柄で、東の自宅に電話して口説き落とし、そして経産省に「ミスター東に任せないか?」と提案したのだった。

一方、ケリーは小池が甘利のところで講演したのを知って、彼の野心の臭いをかぎ取った。東は小池と40年来の長い付き合いである。こうして3人が結びつく。東は経産省に小池を推薦し、小池をヘッドにして、IBMのケリーが推奨する2ナノ半導体が実現できるかどうか検討する「マウントフジチーム」が組成されることになった。

金指の前任の担当課長だった西川和見はTSMC誘致を成功させ、大舞台を切り盛りする政策の醍醐味を味わってアドレナリンを放出しまくった。経産官僚は、ときの政権を動かして、大きな政策を実現するのが大好きだ。才気煥発の彼は、その興奮が忘れられない。

歴代の商務情報政策局長がIBMの2ナノ半導体の生産を受け入れてくれる日本メーカーをなかなか見つけられないでいるうち、局長が野原諭に交代した。甘利明が経済再生担当相のときの秘書官を務め、甘利がその才を非常に高く買う経産官僚の一人である。

「そんなうまい話があるのか」

東と小池は、IBMの2ナノ半導体の実現可能性が現実味を帯びていることを再三再四、甘利に説く。小池は先述のようにトレセンティの「夢よ、再び」だったが、東はエレクトロンを退任し、叙勲も受け、さらには日経新聞で「私の履歴書」の連載も書いた後である。やることをすべてやり終えた東は、手持ち無沙汰でもあったのだろう。もう一回、スポットライトを浴びてちやほやされたがった。

当初は「そんなうまい話があるのか。なんでアメリカでやらないの?」と半信半疑だった甘利も、東と小池という二人の半導体の専門家からIBMの開発したものを日本で作ることができそうと言われれば、信をおかないわけにはいかない。次第にそちらに傾く。はしっこい西川が予算獲得に動き出す。甘利が財務省にカネをつけろと言えば、財務省主計局も、もはやむげには出来ない。甘利の半導体議連には安倍晋三元首相と麻生太郎元財務相が名を連ねる。ついに強面の萩生田光一経産相がゴーサインを下した。

財務省の担当の主計局次長は吉野維一郎である。吉野の父の実は旧大蔵省が全盛時代の大蔵官僚で、省内では造幣局長止まりだったが、旧大蔵省が各省の次官ポストをふんだんに掌握していた時代だったゆえに、防衛事務次官になんとか就任できた男だ。その背中を見て育ってきた維一郎は「大蔵省が一番エリートだと勘違いしたまま育ってきた人間」と同省先輩は評する。

「まぁ、自分の出世しか考えない男だね。あの期では彼がマシなほうで、秘書課長をやったと聞いたけれど、会ってガッカリしたね。自分の意見を言わないの。あぁ、そういうタイプの男なんだな、と思った」

そう吉野の先輩は言う。他人の意見だけ聞き、自分の意見を言わなければ言質を取られる心配もないし、何のリスクもない。吉野は自民党に屈する格好で巨額予算を容認した。ラピダス失敗の際に一番の責任を負うのは、この男である。

かくしてラピダスは突き進む。おそらく3年後には巨額赤字を計上して行き詰まるだろう。そのときの責任者は上記9人である。(敬称略)

   

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