足元が揺らぐ「鴻海」経営陣、創業者の郭台銘が復帰を画策

剛腕で名高い郭氏は鴻海の経営から離れているが、今も個人で10%超を保有する大株主。

2025年5月号 DEEP

  • はてなブックマークに追加

シャープを買収した当時の郭台銘氏(2016年4月、写真/宮嶋巌)

日産自動車の買収を狙っているとされる台湾の鴻海精密工業が4月9日、都内で「EV戦略説明会」を開催した。同社でEV事業の最高戦略責任者を務める関潤氏は「鴻海がどんな会社かを知ってもらうためのイベント」と前置きしたうえで、鴻海の企業像や実際にEV事業でどのようなクルマを造っているのかを説明した。

鴻海の2024年12月期の売上高は前年同期比11%増の6兆8596億台湾ドル(約30兆8682億円)、純利益は7%増の1527億台湾ドルとなり、ともに過去最高を記録した。売上高では台湾最大の企業だ。

鴻海は51年前にテレビのつまみの製造会社として創業し、米アップルのスマートフォン「iPhone」やゲーム機などの受託製造で業績を大きく伸ばしてきた。「鴻海から顧客の名前を明らかにすることはない」(関氏)ことも顧客から信頼され、受託の仕事が増えてきた一因だという。

現在は「3+3」という経営戦略を進めている。3つの新たな技術に投資し、3つの新規事業を育てていくという意味だ。3つの新技術とは人工知能(AI)、半導体、通信の3領域で、3つの新規事業とはEV、ロボット、デジタルヘルスケア。これらの分野を強化していく計画だ。

鴻海と言えば創業者で、シャープ買収時に剛腕経営者として名を馳せた郭台銘氏が日本では有名だが、氏は台湾総統選に立候補を計画していたため、現在は鴻海の経営からは離れている。ただ、個人で10%以上の株を保有する大株主ではある。

19年からは劉揚偉氏が会長兼CEOを務め、「3+3」の新たな経営戦略を推進している。劉氏は台湾の大学を卒業後、米国の大学で修士号を取得し、シリコンバレーでIT関連の会社を創業、上場させた実績を持つ。07年に鴻海に移り、郭氏の特別補佐役を務めていた。

関氏は劉氏の直属という位置づけで、新規事業の柱の一つEV事業を任されている。しかし、まだ事業は軌道に乗っているとはいえず、その状況を打破する狙いもあって日産の買収や、ホンダとの提携を画策していると見られる。

ただ着実に「弾」は準備している。8モデルのEVを開発、「CDMS(設計・製造受託サービス)」により、相手先ブランドで供給する計画だ。「日本市場を重視している」と関氏は語る。

26年後半には「モデルA」と呼ばれる小型多目的車を日本市場に投入する計画で、日本以外も含めてすでに20社の顧客が付いているという。これはタクシー向けのモデルと見られる。続いてマイクロバスの「モデルU」を日本に投入するほか、大型ミニバン「モデルD」も国内に入れたい考え。

またクロスオーバー型の「モデルB」を26年から豪州に投入するが、これは三菱自動車への供給になると見られる。

8モデルを揃えるなど、鴻海が短期間でEV事業を立ち上げられたのは、日産を代表する名車「GT-R」を開発した伝説のエンジニア、水野和敏氏が日産退社後、台湾に駐在していた時期があり、氏の指導を受けた実力のあるエンジニアが鴻海に集まっていることも一因だという。

虎視眈々と日本市場とEV事業の強化を狙う鴻海だが、経営を混乱させるような動きも一部で出始めているようだ。それは郭氏が鴻海への復帰を画策していることだ。

社内には「郭派」もいるため、劉氏の社内基盤が揺らぎ始めているのではないかと見る向きもある。もし郭氏が復帰するようなことになれば、劉氏も、関氏も退任すると見られ、EV戦略は白紙に戻るだろう。

   

  • はてなブックマークに追加