「ESG銀行連合」から邦銀らが一斉脱退/推進派の三菱UFJも脱兎の如し

反ESGの嵐が吹き荒れる米金融市場。金融庁の「サステナビリティ情報開示」義務化は国際競争力の低下を招く。

2025年5月号 BUSINESS [脱兎の如く]

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真っ先に脱退した三井住友銀行

脱炭素を目指す国際的な銀行連合から日本の金融機関が脱兎のごとく逃げ出している。2050年までに温室効果ガスの排出量を実質的にゼロに抑える目標を掲げる国際的な銀行連合「ネットゼロ・バンキング・アライアンス」(NZBA)を巡り、三菱UFJフィナンシャル・グループなど3大メガバンクグループのほか、野村ホールディングスや農林中央金庫が一斉に脱退し、国内の金融業界に動揺が走っている。

NZBAのHP

欧米やアジアの主要な大手銀行が加盟するNZBAは、国連環境計画(UNEP)が実質的な事務局を務める国際的な組織だ。加盟各行は脱炭素に向けたESG(環境・社会・企業統治)投資の推進で連携し、投資先や融資先に気候変動対策を講じるように強く求めてきた。だが、バイデン前政権の脱炭素政策を批判してきたトランプ米大統領の再登板と歩調を合わせ、共和党が議会で多数派を占める全米の州議会は、ESG投資を掲げる金融機関を攻撃する動きが強まっている。米国の大手銀行は政治的な圧力を避けるため、昨年から今年にかけてNZBAから大量に離脱した。これを受けて日本の大手金融機関も慌てて米国勢に追随した格好だ。

米テキサス州で画期的な司法判断

欧州の大手金融機関は今でもNZBAにとどまってはいるものの、米国で高まる反ESGの動きを見た欧州連合(EU)は、企業に対する環境や人権問題などのサステナビリティ情報に関する開示規制を緩和する方向に転じた。欧州企業の間では「厳しい情報開示規制が課されれば、国際競争力の低下を招く」との危機感が高まっていたためだ。ESG投資を巡る世界情勢は激変しているのに、日本の金融当局はサステナビリティに関する開示規制を予定通りに進める構えだ。我が国も世界の資金の流れを見極めて、これまでのESG投資の拡大路線を早急に転換し、したたかな独自戦略を打ち出す必要がある。

米国では今、「ESGパージ」とも呼ぶべき反ESG運動の嵐が吹き荒れている。トランプ氏は今年1月の大統領就任初日、脱炭素を進める国際的な枠組み「パリ協定」から離脱する大統領令に署名。するとバイデン前政権と親密で、米国のESG投資を牽引してきた米証券取引委員会(SEC)のゲンスラー委員長が任期半ばで退任に追い込まれた。これに先立つ昨年11月には、共和党が州議会を主導する全米10州が世界最大の資産運用会社の米ブラックロックなど3社に対し、「気候変動対策を投資先企業に強要するのは反トラスト法(独占禁止法)に違反する」として提訴した。連邦議会でも共和党が多数派を占める司法委員会は、ESG投資を掲げる米金融機関の動きを「気候カルテルだ」として強く批判している。

さらに今年1月には画期的な司法判断も下った。米大手航空会社のアメリカン航空の確定拠出年金に加盟していたパイロットが、資産運用を巡って同社を相手に起こしていた訴訟で、テキサス州の裁判所が原告の訴えを一部認める判決を下したのだ。アメリカン航空から従業員の年金運用を受託していた資産運用会社が、石油会社に出されていた環境関連の株主提案に賛成票を投じた結果、年金基金が保有していた石油会社の株価が下落した。このため、パイロットが適正な資産運用を求めて会社側を訴えていた。

判決では、アメリカン航空は企業の退職給付制度を包括的に規定した従業員退職所得保障法(ERISA法)に違反していると判断した。これは資産運用会社がESG投資を進めるために投資先企業に気候変動対策を求めるのは、顧客の資産を運用する受託者責任を果たしていないと認定したものだ。判決文は「運用受託者が『崇高な目的』だと判断しても、ERISA法は顧客の金銭的な利益を無視することを許していない」と指摘。社会的な目的を実現させるためだとしても、顧客の利益を犠牲にしてはならないと受託者責任を厳格に定義した。

こうした米国金融市場の劇的な変化に直撃され、米大手銀行や資産運用会社は一世を風靡してきたESG投資に対する姿勢を大きく転換。米銀ではゴールドマン・サックスやJPモルガン・チェース、ウェルズ・ファーゴ、シティグループ、バンク・オブ・アメリカ、モルガン・スタンレーの主要6社がNZBAから一斉に脱退した。さらに資産運用業界でもブラックロックとバンガード・グループ、ステート・ストリートの米3大運用会社が脱炭素を目指す資産運用会社の国際連合「ネットゼロ・アセットマネジャーズ・イニシアチブ」(NZAM)から相次いで離脱した。主要3社が抜けたことで、NZAMは事実上の活動休止に追い込まれた。

推進派の三菱UFJも脱兎の如し

東京・丸の内の三菱UFJ銀行本店

三菱UFJと三井住友、みずほの大手邦銀グループがNZBAから一斉に脱退したのも、ESG投資を推進してきた米銀勢の大量離脱が影響している。3月初めに日経新聞が三井住友フィナンシャルグループの脱退をいち早く報道し、これを契機に野村ホールディングスや三菱UFJ、農林中央金庫、みずほが次々と離脱。特に三菱UFJは邦銀として初めてNZBAに参加し、同連合の傘下で脱炭素への段階的な移行を目指す「トランジション・ファイナンス(移行金融)」に関する作業部会の議長も輩出するなど、アジアの銀行業界でESG投資の主導的な役割を果たしてきた。「三菱UFJの離脱は邦銀だけでなく、アジアの銀行業界にも影響を与える」(銀行業界関係者)とされている。

日本勢がNZBAから抜けた要因には、反ESGの嵐が吹き荒れる米金融市場での事業活動に与える悪影響を懸念したことも挙げられる。国内の大手銀行は今後の成長戦略として海外市場の開拓を掲げており、着実な経済成長が続く米国に照準を定め、日本の大手銀行や大手生命保険会社は現地企業の大型買収を積極的に進めている。大手邦銀幹部は「反ESGの動きが強まる米国でのビジネスを考えれば、NZBAにとどまることはマイナスでしかない」と言い切る。また、政府関係者も「すでにESGを始めとしたサステナブル情報の開示は実行段階に移っており、その基準を策定したNZBAの役割は終わった」と断じる。

一方で日本の金融当局は、サステナビリティ情報の開示の義務化を進めており、有価証券報告書を通じたサステナビリティ情報の公表がこれから本格化する。この中で特に重視されるのが気候変動関連の開示項目を定めた「気候基準」である。気候変動に伴う財務リスクや脱炭素に向けた設備投資などの具体的な情報の開示を促す内容だ。温室効果ガスの排出を巡っては、工場など自社の拠点からの直接的な排出(スコープ1)、エネルギー使用に伴う間接的な排出(同2)、そして原材料調達や顧客の製品利用など供給網における間接的な排出(同3)に分類され、それぞれ情報開示が求められる。

「サステナビリティ情報開示」を信奉する金融庁

金融庁はこの新たな基準にもとづいて企業に対し、有価証券報告書での情報開示を段階的に義務付ける方針だ。まず27年3月期から時価総額が3兆円以上の大手企業に適用することにしており、トヨタ自動車や日立製作所、日本製鉄など約70社が対象となる見通しだ。その上で同庁は28年3月期に同1兆円以上の約180社、2年後の29年3月期には同5000億円以上の約300社に対象を拡大し、最終的には東京証券取引所のプライム市場に上場する約1600社すべてにサステナビリティ情報の開示を義務付ける構えだ。

世界金融の潮流から取り残される

しかし、米国ではESG投資を主導してきたゲンスラーSEC委員長が途中退任し、SECは気候関連の開示規則を一時停止した。これを受けてEUも開示規則の緩和に乗り出した。EUの執行機関である欧州委員会は今年2月末、サステナビリティ情報の開示を企業に義務付ける「企業サステナビリティ報告指令(CSRD)」などの簡素化を発表した。そこでは開示対象の範囲を狭めるほか、業種別の開示基準の策定や財務諸表並みの保証義務づけの検討中止を盛り込んだ。開示対象となる子会社についても従業員数が1000人以上、かつ売上高が5000万ユーロ以上の企業に限定する方針だ。欧州の産業界は「あまりに厳しい情報開示規制は、欧州製造業の衰退をもたらす」などと反発していたが、そうした不満に応えた格好だ。

このため、日本でも「サステナビリティ情報の開示対象をプライム全社に適用するのは行き過ぎだ」(大手メーカー幹部)との声が噴出している。金融庁が定めた開示規則では、その記載内容が正しいかを監査法人などの第三者が保証する仕組みまで盛り込まれた。地方の経済団体幹部は「大手企業のサプライチェーン(供給網)に組み込まれている中堅・中小企業まで情報開示に取り組む必要が生じており、人手不足が深刻化する中でとても手が回らない」と悲鳴を上げる。

これに対し、金融庁幹部は「日本のESG投資は、欧米に比べて1周も2周も遅れている。欧米でESG投資に対する見直し機運が高まり、その動きが停滞しつつある今こそ、日本が遅れを取り返す絶好の好機だ」と訴え、予定通りサステナビリティ情報開示の強化を通じてESG投資を推進する立場を変えていない。実際、NZBAを脱退した日本の大手金融機関は、今後もESGに対する取り組みを継続する方針を強調している。

三菱UFJの場合、2030年までに脱炭素を促すサステナブルファイナンス(持続可能な投融資)の累計投融資額を100兆円にまで引き上げる計画だ。また、三井住友も「気候変動対策の強化は継続する」と表明し、同行としてサステナブルファイナンスの累計額目標は維持する方針である。だが、金融業界関係者は「ESG投資に世界の資金が向かっていた時代は明確に終わった。日本としてもそうした情勢変化を敏感に感じ取り、サステナビリティ情報開示に関する政策なども不断に見直さなければ、かえって世界の金融の潮流から取り残されてしまう」と、欧米追随のESG礼賛を戒めている。

   

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