話題の特ダネ再掲/「APB」乗っ取り/三洋化成に背任の疑い/大林組、JFEケミカルら大株主の責任(2024年11月号)

2025年4月号 BUSINESS
by 大西康之(ジャーナリスト)

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三洋化成工業の樋口章憲社長

福岡市のベンチャー、TRIPLE-1(トリプルワン)による全樹脂電池ベンチャー、APB(福井市)の乗っ取りと、日産自動車出身のAPB創業者、堀江英明氏がトリプルワンなどから送り込まれたAPB取締役3人を刑事告訴に至る経緯は、既に詳報した。告訴はまだ受理されていないが福井県警のみならず、経済安保に関わる事案として公安当局も関心を寄せている模様だ。

一連の乗っ取り工作で最も不可解なのは、トリプルワンがAPBの設立当初の大株主だった三洋化成工業からAPBの発行済み株式の36%を格安で取得して筆頭株主に収まった経緯である。

あり得ない低価格で売却

APBのホームページ

トリプルワンが三洋化成からAPB株の36%を取得したのは2022年12月。三洋化成は21年6月にAPBの全樹脂電池事業に熱心だった安藤孝夫氏から樋口章憲氏に社長が代わり、同事業への姿勢が180度変わった。APBが実施しようとしていた海外での大型資金調達などを止めるように働きかけ、挙げ句の果てに持ち株売却に動き出した。

当初、堀江氏らを交えた話し合いでは、トリプルワンは三洋化成が保有する36%のAPB株を7億5400万円で買い取り、これとは別に中東などで43億円の資金調達をするという話だった。

全樹脂電池の開発フェーズを終え、量産化に向けた資金を必要としていた堀江氏は「それだけの資金が調達できるのなら」とトリプルワンへの売却に合意した。

ところが、蓋を開けてみるとトリプルワンが三洋化成に支払ったのは4950万円。トリプルワンは1株あたり300円でAPB株の36%を手中にしたことになる。堀江氏らと合意した時の15分の1という、あり得ない低価格だ。

1株300円というのは19年2月に堀江氏が最初の資金調達を実施し、三洋化成などがAPBに出資した時の簿価である。その後、APBの全樹脂電池開発は順調に進み、20年8月にJFEケミカル、横河ソリューションサービスなどが第三者割当増資を引き受けた時の1株あたりの価格は5万円に跳ね上がっている。

つまりトリプルワンはJFEケミカルや横河ソリューションが1株5万円で取得したAPB株を三洋化成から1株300円で取得しているのだ。

三洋化成は東証プライム上場企業である。本来1株5万円の価値があったAPB株をトリプルワンに300円で売却した行為は、三洋化成の企業価値を毀損し株主の利益を損なう背任に当たらないだろうか。また自社株が1株300円という破格の値段で売られることを容認したAPB取締役の進藤康裕氏(三洋化成出身)らは、取締役の善管注意義務に違反していないだろうか。

こうした疑問を解くため、筆者は10月1日付でAPBの大株主4社に以下の質問状を送った。

①三洋化成工業はトリプルワンに対し、APB株を1株300円で売却していますが、ほぼ同じ時期に、他の株主は1株5万円でAPBに出資しています。本来5万円の価値がある株を300円で売却することは、5万円で出資した株主に対して著しく不公平であるとともに、三洋化成の株主に対しては会社が得べかりし利益を遺失させた背任の疑いがあると考えますが、どうお考えになりますか。

②我々の調査によるとトリプルワンというベンチャーは、同社がホームページに掲載している暗号資産データセンター向けの半導体を実際に開発・販売した実績は見当たりません。同社の社長である山口拓也氏の経歴も不明です。こうした会社(トリプルワン)や経営者(山口氏)は、上場企業または上場企業の子会社である4社(三洋化成、JFEケミカル、大林組、横河ソリューションサービス)のビジネス・パートナーにふさわしいとお考えですか。

③現在APBは深刻な資金難にあります。北國銀行が10億円の融資を申し出ていますが、創業者の堀江英明氏が取締役であることが融資の条件となっており、トリプルワンなど大株主が「堀江氏を解任した」としているため、融資が実行できない状況になっております。融資が実行されなければAPBは経営破綻する恐れもあると思いますが、この点についてはどうお考えですか。

回答期限までに三洋化成は「当社の2022年開示資料にも記載の通り株式の売却は同社がAPBからの要望を踏まえたものであり事実関係の認識に相違があるものと考えますが、頂戴したご質問につきましては個社並びに個別取引の内容に関するものであることなどから、コメントする立場にはなく回答を控えさせていただきます」と答えた。

同じく大林組は「10/1に弊社社員宛にメール送付いただきましたAPB社に関するご質問につきまして、当社からコメントは差し控えさせていただきます」と答えた。

JFEケミカル、横河ソリューションからは回答がなかった。

三洋化成は1株300円で出資したAPB株が会社の成長により1株5万円に値上がりしたのに、それを簿価の1株300円でトリプルワンに売り渡している。これは得べかりし利益を放棄したことにならないか。

トリプルワンは、出資前、堀江氏と交わした「7億5000万円で買う」「43億円を調達する」という約束を反故にしている。

そして、何よりも不思議なのは、トリプルワンをAPBのビジネス・パートナーに迎えるプロセスでトリプルワンという会社の素性を確認した痕跡がないことだ。トリプルワンの社長である山口拓也氏の経歴は、どこを調べても出てこない。

経済安全保障上の懸念も

22年12月に自社が保有するAPB株の一部をトリプルワンに売却した時のプレスリリースで、三洋化成はトリプルワンについて以下のように記述している。

「TRIPLE-1は、構築事業を行い、最先端プロセスの開発に実績を有していることなどから、当社では今回の株式譲渡は、APBの技術開発を加速させ、将来的な事業成長に資することができ、また被覆活物質の開発・供給に注力するという当社の方針にも合致すると判断いたしました」

だが、どこを探してもトリプルワンが「半導体の設計・開発や最先端技術を活用したデジタルインフラ」を構築した痕跡は見当たらない。

トリプルワンには中国通信大手、華為技術(ファーウェイ)など中国企業と極めて近いとの情報もある。APBは国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)から75億円の補助金枠を得ており、政府は「先端技術が海外に流出すれば経済安全保障上の問題になる」と神経を尖らせている。公安当局の関心もここにある。

一連の乗っ取り騒動でAPBの内部資金は枯渇しつつある。三洋化成、JFEケミカル、横河ソリューションなどの大株主は、トリプルワンをAPB株主に迎え入れた経緯や、APBの今後の成長戦略について、自分たちの株主や投資家に説明する義務があるだろう。

著者プロフィール

大西康之

ジャーナリスト

   

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