三村財務官・内田日銀副総裁が策す「1ドル140円」/年内に1%まで利上げ!

「金利抑制」の濡れ衣を晴らすことが政府・日銀の狙いだから、多少の株価の変動は二の次。

2025年4月号 BUSINESS
by 滝田洋一(名古屋外国語大学特任教授)

  • はてなブックマークに追加

財務省の三村淳財務官(参議院HPの審議中継録画より)

3月3日午後3時から帝国ホテル「富士の間」で開かれた、国際通貨研究所設立30周年を記念するシンポジウム。パネリストとして参加した三村淳財務官は、日本経済の留意点として「為替」を挙げた。

「内閣府の試算によれば、10%の円安で日本の消費者物価は0.3%押し上げられる。12月の実質賃金の上昇率は0.3%。だから0.3%の物価押し上げで、その分は消えてしまう」。会場で聞いていて、具体的な数字を繰り出す財務官に驚いた。

円安のデメリットを指摘し、円安を牽制しているのは明らかだった。ブルームバーグ通信は「三村財務官、円安は懸案事項の一つ――実質賃金の上昇実現に悪影響」と報じた。なのに日本のメディアは、またかという感じで反応薄。

3月3日の東京外国為替市場の円相場は午後5時の終値で1ドル=150円17~18銭。1月8日には158円台だった円相場はすでに8円あまり円高・ドル安になっているが、その程度では不十分とのシグナルのようにみえた。あにはからんや、トランプ砲が放たれた。

年内に1%まで利上げへ

米国時間の3月3日、ホワイトハウス。記者団にドナルド・トランプ大統領は、言い放った。「日本の円であれ中国の人民元であれ、彼らが通貨を下げると我々に非常に不公平な不利益をもたらす」、「私は中国の習近平国家主席や日本の首脳たちに電話をして『通貨を切り下げ続けることはできない』と伝えてきた」

このトランプ砲で円相場は1ドル=150円ラインを突破し、149円台に上昇した。「日本は通貨安政策はとっていない」。加藤勝信財務相は翌4日の記者会見で、火消しを急いだ。「先般の為替介入を見れば理解いただけるのではないか」。

先般の介入とは、日本政府と日銀が2022年以降、円安を食い止めるために実施した、総額24・5兆円の円買い・ドル売り介入を指すものだ。だが円安防止の介入のことなど、さしものトランプ氏でさえ先刻ご承知。敵は本能寺にありで、結果的に円安を招いてしまう日本の金融政策に、トランプ政権は不満を抱いているのだ。対米黒字について「『金利抑制』が要因となっている国もある」。

政権の「経済大統領」と称されるスコット・ベッセント財務長官は2月6日、こう言及している。日銀は1月24日に政策金利を0.25%引き上げ0.5%としたが、それでも利上げの遅れが円安要因だ。そんな不満が滲む発言である。

ベッセント長官が金利に敏感なのは不思議ではない。同長官は著名投資家のジョージ・ソロス氏のファミリー・オフィスで運用責任者を務めた。その際、アベノミクスと日銀の異次元緩和による円安に乗って、12年から15年にかけて35億ドル稼いだ。金利が為替相場を左右する霊験あらたかなのをよく承知しているからだ。

「トランプ氏は基軸通貨としてのドルを支持している」とベッセント氏。そう認めたうえで、「金利抑制」による円安に揺さぶりをかける構えなのである。「円安・ドル高は大惨事」とトランプ氏がSNSで発信したのは24年4月23日。その日の東京市場での円相場の安値は154円87銭。今年3月3日のトランプ砲の際の水準と5円も違わない。

この辺の水準感からすると、150円をちょっと超えたあたりの円高・ドル安では不十分と、トランプ氏が感じていることは察しが付く。三村財務官も同様だろう。だが円安の根っこが日本の低金利となると、その是正は日銀の仕事となる。

日銀の内田真一副総裁(日銀HPより)

かくて日銀の内田真一副総裁へのハイタッチとなる。3月5日、静岡市の講演で内田副総裁はこう述べた。「経済・物価の見通しが実現していくとすれば、それに応じて引き続き政策金利を引き上げていく」

一見、当たり前の言い回しのようにみえる。だがこれは、関税のトランプ砲が連射され、日米の株式相場が右往左往するさなかの発言なのである。内田日銀は利上げ継続の意思が固いとみて、3月6日の債券市場では売りが殺到し、10年物国債の利回りはほぼ16年ぶりに1.5%台に乗せた。この内田講演は利上げ継続の部分ばかりに焦点が当たったが、政策金利の誘導水準やその時期についてもシグナルを送っている(図表)。

①25年度後半~26年度中のどこかで、現実の物価と基調的な物価がともに2%程度になる。

②その時点の政策金利は、中立金利(景気や物価に中立的な金利水準)に近付いていると考えられ、その水準は理論的には「2%+自然利子率」。

③自然利子率の推計値は最小で-1%程度、最大で+0.5%程度。

判じ物のようだが、②と③により、中立金利の水準は2%に-1%~+0.5%を加えた、1%~2.5%となる。そして①により、その実現時期は25年度後半~26年度中。

内田副総裁は「幅が広すぎて、実際の政策運営には使えません」と釘をさすが、市場参加者が「年内にも中立金利の下限である1%までは、政策金利を引き上げるシグナル」と受け止めても不思議ではない。

金利差縮小で円高マグマ

政策金利は現在、0.5%なので年内に1%まで引き上げられるとなると、0.25%ずつ2回の利上げとなる。最初の利上げは6月か7月、次は10月か12月とみるのが自然だが、前倒しは市場参加者の常。

海外のファンド勢は3月の利上げさえ囃し、円買いの仕掛けに走り、3月7日のニューヨーク市場で円は一時146円90銭台まで上昇した。かたや10年物国債の利回りは1.5%台。「金利抑制」の濡れ衣を晴らすことが三村・内田コンビの狙いなのだから、多少の株価の変動は二の次である。

政策金利の引き上げの援軍とみなされる景気指標が出てきたことも見逃せない。

ひとつは経済全体で需要と供給力のどちらが多いかを示す需給ギャップ。内閣府が3月5日発表した推計では、24年10~12月期にプラス0.3%となり、23年4~6月期から6四半期ぶりに需要超過となった。需要不足というデフレ要因がなくなったことになる。

もうひとつは、日銀が重視する25年の春闘の動向。連合が3月3日正午時点で2939組合の状況を集計したところ、平均賃上げ要求額は1万9244円と、前年同期比で1638円増えた。

要求賃上げ率は6.09%で前年より0.24ポイント高い。6%台乗せは1993年以来32年ぶりだ。この調子で行けば、25年の春闘は24年を上回る賃上げ率となる公算が大きい。

政府・日銀の目指す賃金と物価の好循環が実現する道が開けてきた。そうしたなかで、実質賃金のプラス基調を達成するには、円安に伴う輸入物価の上昇を抑えるにしくはない。この辺が三村・内田ラインのココロだろう。ならば円高はどこまで進むか。政府・日銀が手の内を明かすことはないが、ヒントはある。

日米長期金利差と円相場の相関関係だ。24年7月31日に日銀が抜き打ち利上げに踏み切って以来、両者はピタリと足並みをそろえた。3月7日時点の長期金利(10年物国債利回り)は米国が4.298%で、日本は1.52%なので、日米の長期金利差は2.778%。この金利差からみると1ドル=141~142円が円相場の居所になる。現実の円相場は7日のニューヨーク市場の終値が148円台。トランプ関税が日本経済に及ぼす懸念もあり、日米金利差の縮小には追い付いていない。

それでも日本側が円安是正に本腰を入れ始め、長期金利も上昇していくとなると、円高のマグマは蓄積されていく。日米長期金利差が2.7%に縮まれば140円、2.6%となると135円という姿がみえてくる。日本の市場参加者に構えは出来ているだろうか。

著者プロフィール

滝田洋一

名古屋外国語大学特任教授

   

  • はてなブックマークに追加