得意の絶頂!/孫正義「5千億ドルAI投資」危ない橋

トランプ大統領と共同会見、オープンAIとは日本で合弁会社を設立。得意の絶頂は結構だがそろばんは合っているのか。

2025年3月号 BUSINESS

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SBGの孫会長兼社長は水晶を片手に熱弁を振るった

Photo:Jiji

2月3日、都内の宴会場。ソフトバンクグループ(SBG)が開いた事業説明会で同社の孫正義会長兼社長と米オープンAIのサム・アルトマン最高経営責任者(CEO)は日本で合弁会社を設立し、法人向けに「クリスタル・インテリジェンス」と名付けた最先端の人工知能(AI)を販売すると発表した。

孫氏は終始興奮気味で、ゲストであるアルトマン氏を圧倒しがち。そんな孫氏がさらに声を張ったのは次のように説明した場面だった。

「就任初日、政治的な行事が立て込み大変に多忙な中、トランプ米大統領があえて我々のためにじっくりと時間を割いて自ら発表していただいた」

過去の「公約」は検証不能

この10日ほど前、両氏はホワイトハウスを訪れ、米国のAIデータセンターに4年で最大5千億ドル(約78兆円)を投資する「スターゲート」をトランプ氏と発表した。日本の主要企業の年間設備投資額の2倍以上にあたる巨大プロジェクトがお墨付きを得た格好で、孫氏が得意満面なのも分からないではない。

「彼らはそんな大金を持っていない」――。起業家で米政府効率化省のトップに就いたイーロン・マスク氏はXでスターゲートにこう噛みついた。“ボス”であるトランプ氏の発表に疑問を呈す異例の展開に世界のメディアは「すわ閣内不一致か」とざわついたが、テキサス州でデータセンターの建設が始まるなどプロジェクトは動き出した。

同陣営だけではない。2月上旬までに2024年10~12月期決算を発表した米IT(情報技術)大手はデータセンターへの投資積み増しを相次いで表明している。アマゾン・ドット・コム、マイクロソフト、アルファベット(グーグル持株会社)、メタの4社は合計で25年に3200億ドル程度を投じる計画。2年前の2倍となる。

なんとも景気がいい話だが、問題は巨額投資を回収する道筋が描けていないことだ。個人向けに月額20ドルほどの有料サービスを販売する企業が多いものの、「巨額投資の前では焼け石に水」(米IT記者)。孫氏が繰り出した法人向けの「クリスタル・インテリジェンス」は回収策の有力候補で、巨額投資と合弁販社はコインの表と裏の関係をなすとみれば合点がいく。

ただし、巨額投資とその回収策の実現可能性は詳細に検証する必要がある。まず、マスク氏が疑問を呈した投資余力。実は先行きを占う恰好の事例がある。

「我々はもう一度、米国で積極的に投資する」

16年12月、米ニューヨークのトランプタワーで孫氏が当選直後のトランプ氏に表明した。

当時のコミットメントは「500億ドルの投資と5万人の雇用」だったが、成果は判然としない。SBGが対外的に対米投資の内訳や達成度を公表したことはなく、検証不能というのが実態だからだ。今回の最大5千億ドルという莫大な金額も精緻に検証して積み上げた形跡は乏しい。

回収策と位置付ける合弁販社の事業の先行きにも注意が要る。実は「クリスタル・インテリジェンス」なるAIの最初の顧客はSBG自身で、開発や運用のためにオープンAIに対して年間4500億円を支払うという。孫氏は3日の説明会で「我々のような規模の企業100社が使えば45兆円になる」と話した。

スターゲートの巨額投資も簡単に回収できると言わんばかりの説明だが、日本で年間の設備投資が4500億円を上回る企業は10社ほどにとどまる。これだけの巨額支出が可能な大口顧客は乏しく、さらにIT投資の大半を合弁会社に振り向けて一蓮托生となる道を選択するかとなると大いに疑問だ。

さらに影を落とすのがここへきて世界で注目が高まった中国発の生成AI「DeepSeek(ディープシーク)」である。1月末に米メディアがディープシークの高性能さについて報じると、AI半導体で我が世の春を謳歌してきた米エヌビディアの株価が急落し、たった1日で90兆円相当の時価総額が吹き飛んだ。

ディープシークは浙江省杭州市に本社を置く23年に発足した同名のスタートアップ企業が開発した。創業者の梁文鋒氏は浙江大学で情報電子工学を学び、同級生と立ち上げた投資ファンドで成功。23年に汎用AIの開発を目指してディープシークを設立したというのがあらましだ。

生成AIでは開発に利用する半導体やデータが多ければ多いほど性能が高まる「スケーリング則」が常識とされてきた。オープンAI・SBG連合や米IT大手がデータセンターへの投資を競い、それがエヌビディアへの強力な追い風になるというのがこれまでの流れだった。

一方、ディープシークは設立から2年足らずで社員も200人ほどの小所帯。米国の対中輸出規制によりエヌビディアの高性能半導体「H100」を使えないハンディも負う。にもかからわず最新の基盤モデル「R1」でオープンAIの最新モデル「o1」に匹敵する性能を実現したと主張し、「前提が覆る」と騒ぎになったわけだ。

中国発の常でさっそく「R1の開発費が560万ドルと主張しているがウソ」「低性能で中国でも入手可能なエヌビディアの『H800』を使ったと説明するが、実はH100を第三国経由で確保した」といった物言いがついている。真相解明が待たれるが、背後にある大きな変化を見逃すべきではない。

それはディープシークの基盤モデルが誰でも無料で利用できるオープンソースであることだ。メタも基盤モデル(LLaMA)で同様のアプローチを採っているが、利用が一定数を超えると課金する。アマゾンなどにはディープシークを使いたいとの声が寄せられ、安全を確保した上でクラウドサービスを通じた提供を始めた。

ディープシークが開いたのが基盤モデル無償化の流れだとすると、法人から利用料金を回収することで巨額投資を回収することを目論むオープンAI・SBG連合の事業モデルは瓦解しかねない。瓦解と言わないまでも低価格化が加速すれば、「100社で45兆円」といった算盤はじきは難しくなるだろう。

未来を暗示している?

冒頭に紹介したSBGが開いた説明会で、孫氏は小物として用意したクリスタル(水晶)を片手に熱演をぶった。水晶は言わずと知れた将来を見通す神器で、新サービスの名称でもある。だが、アルトマン氏を壇上に迎え入れる際に誤って水晶を床に落としてしまった。将来、「あのシーンが未来を暗示していた」と言われないことを祈るばかりだ。

   

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