遂に逮捕!/三菱UFJ「貸金庫」窃盗事件の核心/貸金庫に隠匿された「巨億のダークマネー」/金融庁が「全国一斉実態調査」を命ずるか

号外速報(12月14日 16:30)

2025年1月号 BUSINESS [パンドラの箱]
by 川﨑真琴(元三菱UFJ銀行行員)

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女優「宮沢りえ」が演じる「わかば銀行」に勤める平凡な40代女性が、年下の大学生との出会いを機に、金銭感覚を麻痺させ、1億円もの横領事件を巻き起こすさまを描き、大ヒットした映画『紙の月』(原作 角田光代、監督 吉田大八)。そんな架空ドラマをせせら笑うような、信じがたい巨額窃盗事件が、日本を代表するトップバンク「三菱UFJ銀行」を窮地に追い込んでいる。

事件が発覚したのは、2024年10月31日。舞台は、都内の練馬支店(旧江古田支店を含む)と玉川支店の2支店。20年4月から24年10月までの約4年半にわたり、支店の店頭業務責任者(営業課長)が貸金庫管理責任者の立場を悪用し、貸金庫契約者約60名の金庫を無断開扉し、時価10数億円程度の現金や貴金属などを窃盗したという。

支店長席近くの赤ランプが点滅

想像を絶する事件の舞台となった三菱UFJ銀行練馬支店(写真/宮嶋巌)

同行は「貸金庫は、お客さまに無断で開扉することができないよう、厳格な管理ルールを定めており、第三者による定期チェックの仕組みも導入しておりましたが、未然防止に至りませんでした」と釈明しているが、実態はザルだったのだ。

「貸金庫の鍵の保管ルールは、アナログだった」と三菱UFJ銀行の都内元支店長は打ち明ける。

練馬、玉川支店の場合、顧客は、ICカードで貸金庫室に入室し、物理的な鍵(正鍵)で自分の金庫を開閉することができる。この入室時のICカードは無論、顧客の各金庫のスペアキーである副鍵も銀行側が保管している。この副鍵は貸金庫の契約時に、顧客の面前で保管袋に入れ、顧客と銀行側で割印する。その後、副鍵は保管ボックスに入れられ、銀行の金庫の中にある「重要現物庫」で保管されることになる。

マスターキーはないため、仮に当該支店に貸金庫が1000あれば1000個の副鍵が保管ボックスに保管されていることになる。「保管ボックスを開ける鍵は支店長・副支店長管理であり、鍵が30分以上戻されないと支店長席近くにある赤ランプが点滅することになる」(同元支店長)

誰が何時に保管ボックスの鍵を抜いて何時に返したのかは記録され、例えば、1時間以上鍵が戻らない場合には、翌朝、還元資料が上がってくることで、支店長か副支店長が理由などを付記して検査部門に回すことになってはいる。

しかしながら営業課長が犯人であれば、毎日、異常がないか自らのICカードで貸金庫に出入りできる。支店長の許可を得て開閉する副鍵保管ボックスを誰が管理していたのか。営業課長本人の手元にあった可能性もある。

貸金庫室内「個室ブース」に監視カメラなし

東京・千代田区丸の内の三菱UFJ銀行本店

貸金庫室の出入り口には防犯カメラがあり、支店長・副支店長はモニターで監視可能だが、顧客が貸金庫の中身を出し入れしたり、確認するための「個室ブース」内にはカメラはない。また、仮に1000個ある副鍵のどれを使ったかまでは把握していない。そもそも副鍵は、封印されており、使用できないからだ。

「犯人は、副鍵が入った割り印された保管袋を破り、副鍵を取り出し、顧客の金庫を開けたとみられるが、それをどうやって保管袋に戻したのか、別の新しい保管袋を用意して、顧客の割り印などを偽装したのだろう」(同元支店長)。

「重要現物庫」にある副鍵の保管については、当然ながら頻繁に行内検査が入ることになっている。しかし、あくまで保管ボックスを開閉する鍵の使用記録の確認や、中にある副鍵の数自体は確認するものの、保管袋の割り印や貸金庫の中身を細かく確認するわけではなく、今回のような事案には全く対応できなかった模様だ。

なお、大中小3種類ある貸金庫の大であれば、現金でも数千万円は収納できる。概して現金を保管したい顧客は大を借りることになる。数千万円の札束を一度に持ち出せば目立つが、防犯カメラのない個室に入り、数百万円分の札束ならポケットや上着に隠し、退出することは十分に可能だ。

こうした営業課長の立場を悪用した盗みの手口が窺えるが、貸金庫に現金の有無をどうやって把握したのか。しかも、4年半にわたり時価十数億円も窃盗し続けたのに、なぜ、バレなかったのか。帯封された100万円の札束から2、3万円抜き取るならともかく、100万円単位の現金がなくなっていたら、顧客はもっと早く気付くはずだ。

「私も貸金庫管理を営業課長に任せていた」

ダンマリの決め込む三菱UFJ銀行の半沢淳一頭取

そこで考えられるのが、貸金庫の契約者が死亡したケースだ。

通常、相続人が銀行窓口で死亡届を出すと、口座凍結などの手続きとともに、貸金庫の存在も明らかになり、凍結される。最終的には、相続人立ち会いのもとで開扉され、貸金庫が解約されることになる。

「解約の際に、本当は3000万円の現金が入っていたものを、解約手続きに紛れて1000万円抜いて2000万円だったと開示するなどしたのではないか。相続人が貸金庫の存在自体を知らないケースもままあるから、疑うこともなかっただろう」と、先の同元支店長は推測する。

玉川、練馬とも地元のシニア・富裕層を抱えるリテール店舗であり、年間こうした相続に伴う貸金庫解約事例が10件程度あり、その都度数千万円単位を盗んでいたら、被害者60人で総額十数億円という数字も辻褄が合いそうだ。

また、孤独死や単身世帯が増える中、契約者は亡くなっても相続人が現れなかったり、相続人がいても口座や貸金庫の存在に気付かないケースもある。相続人が申し出ない限り、故人の銀行口座や貸金庫は残ることになる。

「犯人の営業課長は、こうした冬眠状態の口座や貸金庫を把握できる立場を悪用し、狙いをつけた顧客から盗んだかもしれない」(同元支店長)。これが最もリスクが「低い」貸金庫からの窃盗パターンだろう。

いずれにせよ、貸金庫や口座を含む個人営業の責任者の立場をフルに悪用して「シニア・富裕層の貸金庫に目星をつけ」「相続人は中身を把握せず」「多くがワケあり現金」「死人に口なし」といったアナログ管理の隙を突く盗みが繰り返された可能性が高い。「私も支店長時代に貸金庫の中は一度しか入ったことがない。営業課長に管理を任せていた」と、同元支店長は振り返る。

貸金庫の「現ナマ」は総じてワケあり

三菱UFJフィナンシャル・グループの総帥、亀澤宏規社長も責任を免れない?

貸金庫の多くは、権利証や保険証、貴金属や思い出の品などの保管によく利用されるが、「貸金庫にある現金は所得税・相続税逃れやマネロンなどが疑われ、総じてワケありだ」(金融関係者)。

実際、貸金庫の愛用者には羽振りがよく素性が怪しい人物や業者が混じっており、「何らかの理由で銀行口座に入金できない現ナマだから、貸金庫からなくなっていても、届け出ないケースが少なからずあったはずだ」(同関係者)。おまけに三菱UFJ銀行の貸金庫規定は「現金を入れてはならない」と明記していなかった。

詰まるところ、三菱UFJ銀行の巨額窃盗事件は後ろ暗く厄介な金品が混入している貸金庫という「パンドラの箱」を開けてしまった感がある。

盗みが発覚した10月31日以降、三菱UFJ銀行は全店の貸金庫を調査し、同様の被害が他にはないことを確認したというが、全店の貸金庫の数は膨大(本店だけで優に3千を超える)なうえ、顧客の同意がなければ貸金庫の中を確認できないから、大きな疑問が残る。この先、「オレの貸金庫の金品も盗まれた!」といった訴えが全国各地の金融機関の各支店に押し寄せる可能性がある。

「現金を抜かれた」「指輪がなくなった」「権利書が消えた」――。「これまで銀行を信用していたから黙っていた」と、恫喝的な苦情が急増し、安易に金銭保証に応じたら底なしの騒ぎになりかねない。

「貸金庫」を止める金融機関が続出か

金融庁は貸金庫の全国一斉調査を命ずるか

異業種の進出やスマホ化で銀行店舗の統廃合が進むなか、「貸金庫だけは最後まで残る」(元金融庁幹部)といわれるほど、メガバンクや地銀など銀行の貸金庫は「信用力」の象徴的存在だ。このため、貸金庫は厳格に管理され、一般行員にとっても近寄り難い存在である。

店舗統廃合で貸金庫を移設したり、店舗内改装で移動させる際には、複数の警察官立ち会いのもとで実施されるほど厳重に管理されてきたのだ。

ところがトップバンクの三菱UFJでさえ、この体たらく。体力がない弱小地銀、信金・信組、JAバンクにもある貸金庫は、どうなっているのか。「今までも窃盗はあったのではないか」「銀行の貸金庫でさえ信用できない時代」「他はもっとヤバいか、ひどい状況に違いない」との声が、SNS上に氾濫している。

こうした預金者や利用者の不安の声を受けて、金融庁が貸金庫を持つ全ての金融機関に全国一斉実態調査を命ずる可能性もある。大手行から地銀、信金・信組、JAバンクに至るまで、途方もない数の貸金庫の実態把握は容易ならざる作業となる。

この先、金融庁の指導を受けて、貸金庫での生体認証の導入や、全自動型への切り替えなどを進める銀行が増える一方、防犯強化システムや事務負担の増加に耐え切れず、貸金庫の取り扱いを止める銀行が続出しそうだ。もともと貸金庫サービスは、スペースを取る割に契約料が安く採算が合わないからなおさらだ。

多くの国民が「銀行もヤバい」と落胆

大谷選手の降板もあり得る?

三菱UFJ銀行は対策本部を設置し、原因の究明や全容解明に向けた調査を進めている。被害が確認された顧客には「今後、真摯に補償を実施」としているが、 銀行側も貸金庫の中身を把握していないため、元行員の供述内容と、顧客が把握している貸金庫の中身のすり合わせ作業に、時間がかかっている模様。さらに練馬、玉川両支店合わせて2千近い貸金庫の全ての顧客に陳謝し、貸金庫の中身の確認を求めている。

三菱UFJ銀行は、金融庁から業務改善命令を受ける可能性が高い。同行の半沢淳一頭取はもとより、三菱UFJグループ総帥の亀澤宏規社長も責任が問われることになりそうだ。

25年4月に予定される次期全銀協会長への就任を辞退し、ブランドパートナーを務める日本の№1ヒーロー、大谷翔平選手の降板もありうるだろう。

明治6(1873)年に我が国最初の銀行が誕生して以来、脈々と築き上げてきた「信用」という銀行業務の根幹が崩れ落ちようとしている。実際、SNS上では非難と幻滅が拡散し、シニア・富裕層だけでなく、多くの国民が「銀行もヤバい」と落胆を深めている。

未だに犯人の属性も氏名も開示されず、逮捕・起訴されるまで記者会見を開かず黙り続けるのか――。映画「紙の月」を遥かに超える十数億円の大金を、なぜ盗み取られたのか。三菱UFJ銀行は説明責任を果たすべきだ。

著者プロフィール

川﨑真琴(かわさきまこと)

元三菱UFJ銀行行員

   

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