全ての弊害は農協に「金融」兼営を認める枠組みから生ずる。金融庁はモラルハザードな「特別扱い」をいつまで続けるのか。
2024年12月号 BUSINESS
Otemachi Oneタワーに入居する農林中金本店
農林中金は、資金運用の失敗により、今年度末の決算が1兆5千億円を超える赤字となる見通しとなり、各都道府県信用農協連等の農林中金に対する預け金を劣後ローンに切り替えるという自己資本増強策を打ち出した。
2008年のリーマン・ショック時も、農林中金は5700億円の赤字となり、1兆9千億円の資本増強と同時に理事長が引責辞任する事態に追い込まれた。再び同様の危機を招いたのに何の反省もなく、奥和登理事長は報酬カットだけで留任しようとしている。農林中金自身の認識がこの程度では、再発を防止できるはずがない。より深刻な問題は、前回同様の自己資本増強策が、反省もなく平然と繰り返されようとしている点である。
日本でも金融機関に自己資本比率規制が導入されたのは1993年のこと。その際、協同組織である農林中金は、出資者が資力の乏しい会員(農家・農協・信用農協連)に限定されているため、株式会社の銀行のように増資を行うことが難しく、苦慮していた。このため農林中金は、当時の大蔵省銀行局に、会員以外から議決権のない優先出資を募ることのできる法律の制定を強く求め、「協同組織金融機関の優先出資に関する法律」が93年に成立した。さすがに大蔵省は農林中金だけの特別法を作るわけにはいかず、信用金庫や信用組合などを含めた協同組織金融機関全体に及ぶ制度を作った。
ところが、リーマン・ショック時に、金融庁は信用農協連等の農林中金に対する預け金を劣後ローンに切り替えるという自己資本増強策を認め、今回もその踏襲を許そうとしている。1回限りの緊急対応ならともかく、かかる異例の自己資本増強策が、何度も罷り通ってよいものだろうか。
大手町にそびえ立つJAビル
農協金融は、農協→信用農協連→農林中金という3段階になっている。農協は農家等が預けた預金の大半を信用農協連に預け、信用農協連はその大半を農林中金に預ける枠組みである。要するに、信用農協連から農林中金への預け金は、農家等の預金そのものだ。
銀行が預金を劣後ローンに切り替えようとしたら、預金者一人一人の同意を得なければならないはずである。農林中金の場合は、預金者と農林中金の間に、農協や信用農協連が介在している。それをいいことに信用農協連が同意するだけで預金から劣後ローンへの切り替えが罷り通るのであれば、農林中金は、銀行よりもはるかに容易に自己資本を調達できることになる。しかも、その財源は、信用農協連の預け金(要は農家等の預金)だから、いくらでも資本増強が可能になる。「打ち出の小槌」を持つ農林中金は資金運用の失敗を何度繰り返しても困らない。これをモラルハザードと言わずに何と言おう。実際、報酬カットだけで記者会見に臨む現理事長の姿自体、金融界の常識に反し、モラルハザードの極みだ。
一方、信用農協連や農協が、かかる自己資本増強策を受け入れた場合、どういうことになるのか。預け金を劣後ローンに切り替えれば著しくリスクが増大する。果たして金融機関としての健全性が保たれているのか、ちゃんと精査する必要がある。
金融庁は、農林中金の自己資本増強策を許容するなら、その理由をきちんと説明する責任がある。金融庁幹部OBを農林中金の役員に送り込んでいる以上、金融行政が公正かつ適切に行われていることを証明しなければならない。
翻って農林中金が資金運用の失敗を繰り返すのはなぜか。端的に言えば農協組織に利益を還元するため、農林中金は必要以上のリスクを取っているからだ。それは、末端の数多の農協が行う経済事業(農産物販売等)が赤字であり、それを補てんし農協職員の給与を払うため、農林中金に利益還元を強要するからである。農協関係者は経済事業が赤字なのは当たり前と言うが、そんなことはない。農協の仕事の仕方がまずいだけだ。
よく考えてほしい。一般の企業は、金融とそれ以外の事業の兼営を禁止されている。例えばセブン銀行はセブン-イレブンとは別会社である。「兼営禁止」が常識なのは、金融以外の事業が金融に悪影響を及ぼすことがないようにするためだ。農協の場合、歴史的な経緯等から兼営が認められてきたわけだが、いま現実に起きていることは、兼営の弊害そのものだ。
今日でも農協に兼営を認める合理的な理由があるなら、金融庁はきちんと説明すべきだ。農協金融は金融庁と農水省の共管だが、農水省に金融監督能力があると、誰も考えていない。「共管」を言い訳に、金融行政として筋の通らないモラルハザードを招く資本増強策を、何度も許すべきではない。
霞が関の金融庁
農協が経済事業と金融を兼営しているために、農協金融は一般金融機関のセーフティーネットである「預金保険機構」に入れず、「農水産業協同組合貯金保険機構」という別のセーフティーネットが設けられている。経済事業の赤字垂れ流しで農協金融が破綻した場合、銀行や信用金庫などの保険料で面倒を見るのは筋が通らないからだ。
「農水産業協同組合貯金保険機構」は、農協、信用農協連、農林中金等の保険料で賄う形だが、弱小農協の破綻はともかく、唯一最大のカネの出し手の農林中金が破綻したら、このスキームは瓦解する。このため2021年の農水産業協同組合貯金保険法の改正で、農林中金が破綻した場合は、金融システム安定化の観点から金融庁主導の処理体制を取ることが追加された。農林中金が窮した時は、金融庁が全責任を負うと宣言したに等しい。
しかし、かかる農林中金の特別待遇は合理性があるのだろうか。全ての弊害は農協組織に兼営を認める枠組みから生じている。なぜ、経済事業で赤字を垂れ流す農協組織の特別扱いを認め続けるのか。金融庁は説明責任を果たすべきだ。
そもそも農協金融は預金一辺倒の時代遅れの仕組みだ。農協が預かった預金を、信用農協連経由で農林中金に集中させ運用するだけだ。つい最近まで、農林中金は農協預金100兆円運動の旗を振っていた。この金融情勢下でこんなことをする金融機関は他にない。
都市部より農村部の高齢化が進んでおり、子ども(相続人)の多くは都市部に住んでいるから、預金そのものが農村部から流出する。また、資産運用立国という国策のもと預金から投資信託等へのシフトが進んでおり、スマホさえあればどこの銀行、証券会社とも取引できる。親世代と異なり若い人たちには農協への忠誠心はないから、農協預金は減少していく。すでに農林中金の格付け引下げが相次いでおり、農協金融の収益力は確実に低下する。
一方、農林中金に対する会員からの利益還元要請が弱まることはない。2度も農協組織に自己資本増強策への協力を求めた結果、還元要求が一層強まるのは目に見えており、農林中金がリスクを冒した高利回りの運用に走る悪循環である。農協金融は他の金融機関とはあまりに異質であり、旧態依然を続ける限り将来展望は開けない。
1996年の住専問題処理の時は、農協金融が日本経済のお荷物となり、6850億円もの国費が投入されたうえ、当時の監督官庁である大蔵省の事務次官が辞任するに至った。農協金融が再び日本経済のお荷物にならないように手を打つことが急務ではないか。本当に困ってからでは遅すぎる