前号のスクープ再掲! 年間300億円「医療機器マネー」の深い闇/1千万円以上の謝金を貰った著名医師の実名公開!

年間300億円ものカネはどこに流れ、何のために使われているのか。製薬マネー以上に厳格な監視と情報公開が必要だ。

2024年12月号 BUSINESS [「専門医」囲い込み]
by 尾崎章彦(医療ガバナンス研究所理事)

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製薬・医療機器企業は医師や病院に不透明なカネをばらまき、自分に都合良く医療に影響を及ぼそうとしている。こうした状況に対処するため、筆者は製薬マネーデータベース*「Yen For Docs」https://yenfordocs.jp をライフワークとして運営、また、その解析結果を社会に広く発信してきた。

実は、これまで製薬マネーと比較して調査が不十分だったのが、医療機器マネーである。そして製薬業界と比較して、より多くの不祥事が近年起きているのが、医療機器業界である。

医療機器業公正取引協議会が2021年から24年にかけて発表した厳重警告事案は5つある。▽21年3月、グローバスメディカルが医師・親族を代表とするエージェント20社に年間2億円の販売手数料を支払った事案、▽22年7月、スタージャパンが68医療機関の医師75人に対して総額2145万円を「ビデオキャンペーン」と称して眼内レンズ使用の手術動画作成の対価として提供した事案、▽24年8月、ゼオンメディカルが医師37人と39医療機関、3大学に総額1億2000万円を「みなしPMS(市販後調査)」と称するなどして製品売上に応じて提供した事案などがある。

筆者は、FACTA23年11月号で、こうしたスキャンダルの原因として、時代遅れの商習慣が罷り通っている事実を指摘した。その解決には透明性の確保が欠かせない。

今年10月1日より、従来の製薬マネーデータベース上で、2019年度の医療機器マネーの公開を開始したことを踏まえ、その解析結果をお届けしたい。

1千万円以上の謝金受領者が13人

このたび公開されたデータは、日本医療機器ネットワークに所属する医療機器企業等109社から、2019年度に医療者に支払われた謝金と医療機関への寄付金等である。日本医療機器ネットワークには、一部参天製薬や科研製薬など、製薬企業が所属していることに注意が必要だ。

調査の結果、74社(67.9%)から医療者への謝金として、総額52億4801万8552円が支払われていたことが判明した。詳細が明らかだった2万4568人(一部医療機関含む)への50億6730万2136円(全体の96.6%)について分析を行った。

表をご覧いただきたい。注目すべきは1000万円以上の謝金の支払いを受けていた医療者が13人もいたことである。

世界的な権威の三角和雄医師

医療機器企業からの最高額受領者は、千葉西総合病院院長兼心臓センター長の三角和雄医師(2297万1841円)である。

1982年東京医科歯科大学医学部卒業後、米国の著名医療機関で研鑽を積み、98年に千葉西総合病院心臓センター長に就任、04年から現職にある。支払いが最も多かったのは、テルモの1085万4719円(全体の47.3%)であり、次はボストンサイエンティフィック577万円(同25.1%)だった。

テルモは1921年創業の最も有名な内資医療機器企業の一つであり、現在は循環器領域のカテーテル治療に強みを持つ。一方、ボストンサイエンティフィックは1979年にマサチューセッツ州で設立された医療機器メーカーで、特に循環器領域の薬剤溶出ステントで大きな成功を収めてきた。三角氏は、心臓カテーテルの世界的な権威であり、心臓カテーテル領域のデバイスを主力とする企業からの支払いが全体の約4分の3を占めたのは自然なことだ。

しかし、後者は果たして「マトモ」な会社なのか。同社は製品の安全性や販売手法に関して、繰り返し物議を醸してきた。2011年、子会社Guidantが除細動器の安全性問題を未報告で2億9600万ドルの罰金と保護観察の処分となった他、2013年には欠陥製品販売で3000万ドル、2009年にはペースメーカー等の不正販売促進で2200万ドルの和解金支払いに同意している。100カ国以上で事業展開し、従業員数2万4千人以上のグローバル企業だが、マトモな倫理観を備えていない。

「TAVIの第一人者」桃原哲也医師

2番目の高額受領者、千葉西総合病院循環器内科主任診療部長兼SHDセンター長の桃原哲也医師は2113万440円を受け取っている。

桃原医師は1989年久留米大学医学部卒業後、循環器内科領域の名門施設でキャリアを積み、2024年4月に現職に就いた。特に、重症大動脈弁狭窄症に対する低侵襲カテーテル治療法TAVIの日本における第一人者として知られる。

大動脈弁狭窄症は高齢者に多く見られる致命的な疾患であり、TAVIは主に通常の開胸手術が困難な患者(超高齢者や再手術患者など)を対象に実施されてきた。23年の世界TAVI市場規模は63億ドル(9450億円)。30年には163億2000万ドル(2兆4480億円)に成長すると予想され、エドワーズライフサイエンスとメドトロニックが、2大勢力になっている。

何より重要な医師の自己規律

エドワーズライフサイエンスは、1958年にオレゴン州で設立された心臓弁技術のパイオニアであり、2011年に初めてTAVIに用いられる大動脈弁に関して米国FDAの承認を取得した。また、メドトロニックは、1949年にミネアポリスで創業し、特にペースメーカー領域で知られるが、近年はTAVIの製造販売にも力を入れている。2015年にはアイルランドのコヴィディエンを買収し、世界最大の医療機器メーカーとなった。

桃原医師への支払い企業を精査したところ、メドトロニックが1058万8811円(全体の50.1%)、次いでエドワーズライフサイエンスの489万円(全体の23.1%)だった。

循環器領域は、高血圧、心不全、不整脈などの慢性疾患の薬物療法において、製薬企業との関係が極めて深い領域だ。実際、筆者がFACTA22年4月号に寄稿した製薬マネーに関する論考では2016年から19年にかけて製薬企業からの謝金が多かった医師55人のうち15人が循環器内科の医師であった。今回浮き彫りになったのは、医療機器業界との濃厚な関係性が存在することだ。

ある循環器ハイボリュームセンターに勤務する医師は「寝たきりの患者も生活保護の患者もTAVIを挿入されている」と打ち明ける。

挿入されるカテーテル弁の値段は450万円以上であり、これに手技の保険点数として、40万円、又は60万円程度の金額が保険から支払われる。1回の治療費は、外科手術の場合約300万円程度だが、TAVIは総計で約600万円に達する。特徴的なのは、TAVIでは器械代が高価であり、メーカーの利益が大きいことだ。

同じ医師によると、「企業は積極的な使用を促す販促活動を行い、医師もそれに同調している。こうした働きかけに対する、医療現場の抑止力が欠如している状況」ということだ。

解決に重要なのは医師の自己規律だ。一方、医療機関の収益は悪化し続けており、都内でクリニックを経営するある内科医は「24年6月の診療報酬改定で収益は実質1割減った」と言う。医療機関も生き残りをかける中、医師の自己規律のみに解決を委ねるのは心許ない。

「特定の専門医」を囲い込み

筆者が解決の鍵になると考えているのは透明性だ。薬価が容易に確認できる薬剤に比べ、医療機器の性能や価格に一般人がアクセスすることは困難である。例えば、特定機能病院の評価基準として、使用医療機器の詳細や、その納入価格の公開を義務付けることが一案として考えられる。

次に医療機器マネーの総額を示した棒グラフをご覧いただきたい。今回解析した個人向けの謝金(原稿執筆料等)52億円は全体の14.1%に過ぎず、2019年度に支払われた金銭の総額は、実に373億3104万2502円に達する。20年はコロナ禍の影響で263億円と著しく減少した。21年には288億円、22年には330億円と回復したが、コロナ前の水準には至っていない。

ここで注目すべきは、前出の原稿執筆料等の推移である。21年には59億円とコロナ前の水準を超え、22年には64億円まで増加している。先端的な医療機器の開発が進む中、個人を対象とした医療機器マネーは今後も増加していく可能性が高い。

医療機器企業の消極的な情報公開、透明性の欠如は、何より憂慮すべき問題である。両業界(医療機器と製薬)共通の課題として、統一されたデータベースがなく、エクセル形式でデータダウンロード機能が欠如しており、謝金の詳細な使途は非公開、特許収入も非開示、そして医療者個人ベースでの交通費や食費も未公開など……情報公開にほぼ背を向けている。

一方、製薬業界では、個人向け謝金や団体向け寄付金を全ての企業が個別に公開し、複数年のデータ提供が標準となっている。医療機器業界の透明性は著しく低い水準にある。

19年のデータでは、全体データを公開している企業は67.9%に留まり、このうち個別データの開示を拒む企業が多く存在する。また、22年時点でも、その割合は80%を超えておらず、情報公開の改善は遅々としている。

本調査から明らかなように、医療機器業界と医療者の関係性は不健全で、373億円に上る金銭の流れに透明性は確保されていない。特徴的なのは、医療機器企業が特定の専門医、特に循環器領域の医師を手厚く囲い込んでいることだ。医療機器マネーの透明化は急務であり、製薬マネー以上に厳格な監視と情報公開が必要だ。

著者プロフィール
尾崎章彦

尾崎章彦

医療ガバナンス研究所理事

2010年東京大学医学部卒業。研修医時代に経験した東日本大震災に大きな影響を受け、福島県に移住。一般外科診療の傍ら、震災に関連した健康問題に取り組んでいる。専門は乳癌。

   

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