尻込みする同業他社。中国マックでの成功体験を、フライドチキンでも再現できるか。
2024年10月号 BUSINESS
カーライル・ジャパンの山田和広代表(HPより)
日本上陸から半世紀余り――。日本のファストフード業界における古豪が転機を迎えている。ケンタッキーフライドチキンを展開する、日本KFCホールディングスのことだ。
9月18日、同社は上場廃止が決まり東証スタンダード市場から姿を消す。大株主である三菱商事が持ち分を手放すことを決め、代わりに米ファンドのカーライルがTOB(株式公開買い付け)を行ったからだ。国民食と言っても過言ではない日本KFC。これからファンドの下で第2の創業を迎えるが、成熟市場にどこまで伸びしろがあるかは未知数だ。
東京・池袋のケンタッキーフライドチキン店舗
日本KFCの歴史は、マクドナルドより古い1970年にさかのぼる。名古屋市西区に第1号店である名西店を開業し、翌71年に東京に進出。74年にはクリスマス商戦にも参入し、七面鳥ならぬフライドチキンを食べる習慣をもたらした。
日本KFCを上陸当初から支えてきたのが、三菱商事だった。鶏肉の供給先としてフライドチキンに目をつけ、米国のKFC本社との合弁で日本KFCを設立。2007年には米国本社の持ち分を買い取って日本KFCを子会社に収めるほど、本格的に経営に関与してきた。
それほどまでにチキンに入れ込んできた三菱商事が、なぜ全株を手放す決断をしたのか。会社側はポートフォリオの入れ替えを理由に挙げるが、それだけではない。一因とされるのが、米国本社から日本KFCに課される重いロイヤリティだ。
KFCの総本山は、ファストフードチェーンのコングロマリットである米ヤム・ブランズだ。アジア地域を管轄する子会社が日本KFCとマスターフランチャイズ契約を結び、商標やレシピなどの使用を許可している。現行の契約では、日本KFCはヤム側に対して、出店1店舗毎に150万円、店舗の契約更新1件毎に18万円、そしてブランド使用料として総売上高の6%を毎年支払っている。
契約更新ごとに多少の変動こそあるものの、一貫して上昇してきたのがブランド使用料だった。元々は総売上高の2.3%だったが、05年からは毎年0.1%ずつ上昇し、11年に3%、14年に5%、そして19年に現在の6%に到達した。日本KFCは値上げ分を国内のフランチャイジー向けロイヤリティに転嫁してきたが、直営店ではそうはいかない。
現行の契約は24年11月末をもって期限を迎える。ヤム側は22年末に新契約案を提示したというが、日本KFCには厳しい内容だったようだ。三菱商事とヤムの間で交渉を繰り返すも合意に至らず、23年末にヤムは日本KFC株の売却を要請。三菱商事も応じた。
ヤムの「不平等条約」に耐え兼ね、事業の売却を余儀なくされた構図には既視感がある。日本KFCが元々子会社として保有していた「ピザハット」だ。チキン一本足打法から脱却すべく、ピザ事業に参入したのは91年。当時はピザハットを保有していた米ペプシコからライセンスを受けていた。だがペプシコは97年、ピザハットやKFCなど複数のファストフードチェーンを分社化。これが現在のヤムだ。
KFCのみならず、ピザハットのロイヤリティも厳しい条件だった。サービス料と称して売上高の3%を毎年徴収されていたのがいつしか6%になり、17年からは出店料の引き上げと店舗更新料の有料化が決まった。日本KFCは新契約の効力が発生する半年前の17年6月、ピザハットを米国のファンドに売却した。不利な契約が始まる直前に事業を手放した格好だが、その7年後、今度は日本KFC自身が手放される側となったのは皮肉だ。
こうして、日本KFCの入札は24年に入って本格化する。が、ロイヤリティ問題は棚上げされたまま。「著名ブランドの案件にしては、意外なほど盛り上がらなかった」(投資ファンド幹部)。参加を見送ったファンドも少なくなかったという。
尻込みする同業をよそに、カーライルは外食や食品業界への強さをアピールし、日本KFCの買収に名乗りを上げた。国内ではベビースターラーメンでお馴染みのおやつカンパニーや居酒屋のチムニー、海外ではダンキンドーナツやサーティワンアイスクリームの運営会社などへの投資実績がある。
とりわけ日本KFCの買収を後押ししたのが、マクドナルド中国事業での成功体験だろう。賞味期限切れの鶏肉使用が発覚し業績が低迷していた所、カーライルは17年、中国国営企業と共同で株式の8割を21億ドルで取得した。デジタル技術の導入やカフェ業態の開発などのテコ入れを図り、23年にカーライルの持分である28%をマクドナルド本社に18億ドルで売却。巨額の利益を上げた。
ハンバーガーでの成功譚を、チキンでも再現できるのか。同じファストフードとはいえ、再建はそう簡単ではない。最大の関門は看板商品であるフライドチキンだ。
カーライルは、買収後も三菱商事系列の畜産加工会社から鶏肉を調達しつつ、メニューの拡充や接客のデジタル化を図る予定だ。だが、日本KFCにとって最大の課題は「キッチン」のオペレーションだろう。
KFCのフライドチキンは、下ごしらえをしてから揚げ、客に提供するまでに30分ほどかかる。さらにマニュアルでは、揚げてから一定時間が経ったチキンは、廃棄しなければならないと規定している。つまり、来店需要を予測して、あらかじめチキンを揚げておかなければならないのだ。
揚げる手間の介在は、出店戦略にも影響を及ぼしている。6月末時点での日本KFCの店舗数は直営・FC合わせて1244。1年前からは38店の純増だが、この10年間は1200店前後で伸び悩んでいる。マクドナルドはおろか、モスバーガーの後塵さえ拝する状況だ。
新規出店が進まない理由もチキンにある。見切り発車でチキンを揚げる手前、時間帯ごとの来店客数が予測できる立地である必要があり、出店可能な場所が限られる。大量の油を使う「重飲食」の入居をビルオーナーが許可し、専用のフライヤーが設置できることも必須条件だ。チキンの品質と新規出店という二兎を追うことは容易ではない。
日本KFCを買収するにあたって、カーライルが組成したSPC(特別目的会社)は「クリスピー」で、その親会社は「ジューシー」。熱々のチキンを想起させる、いかにも遊び心に溢れた社名だ。とはいえ、日本KFCのビジネスを咀嚼せぬまま飲み込めば、直近株価に20%ものプレミアムをつけた買収で火傷を負いかねない。もっとも、成長が鈍化しファンドの買収対象になった時点で、ビジネスモデルはとうに冷めているのかもしれないが。