「農林中金」経営危機/JAにもたれかかる「共倒れ爆弾」/連結純資産が4割近く減る

連結純資産が2年間で4割近く減る経営危機。JAにもたれかかる緩慢なる共倒れの道ではないか。

2024年7月号 BUSINESS

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決算記者会見で質問に答える農林中央金庫の奥和登理事長(5月22日)

Photo:Jiji Press

農林中央金庫(農中)が外債投資で巨額の損失を被り、出資者である農業協同組合(JA)などに資本増強を仰ぐ。バブル崩壊後の住宅金融専門会社向けの融資焦げ付き、リーマン・ショック後の証券化商品の巨額損失。二度あることは三度ある。日本の農業をめぐる資金のめぐりは機能不全を起こしていないか。

5月17日、農中を「ダイヤモンド」ショックが襲った。「農林中金が7800億円の最終赤字見通しで、農協などに増資に向けた協力を要請! 5年間は無配の見通し」。農中は出資者である農協などから預金を集め、外債などで運用している。そこに大幅な損失が生じたことを内部資料に基づいて報じていた『ダイヤモンド・オンライン』の記事は掛け値なしのスクープである。

米国債の一本足打法の罠

24年3月期の決算発表は5月22日に迫っていた。農中が恐れたのは25年3月期に予想される5000億円超の赤字もさることながら、JAなどに不安と不満の連鎖が広がり、頼みとする1.2兆円の資本増強が暗礁に乗り上げかねない事態だった。そこで農中は全国紙にまずは損失の実態を認める作戦をとった。

ダメージ・コントロールのカギは「安全資産運用」と「想定外」。外債のなかでも米国債は信用リスクゼロの安全資産。リーマン・ショックの際の証券化商品と異なり、信用リスクはない。米国の政策金利は22年1月時点では0~0.25%だったが、23年には5.25~5.5%に。そうした急速かつ大幅な金融引き締めは想定外というわけだ。

外債で巨額運用をしていたので逃げるに逃げきれなくなった、というのが全国紙の報道の基本線。資本増強が宙に浮き、農中が経営危機に陥る事態を懸念してか、資本増強の当否を正面から取り上げる報道は見当たらなかった。これはJAと農中のもちつもたれつの関係がクッキリと浮かび上がる一幕だった。

先を急ぐ前に、農中が恐れた足元のリスクを確認する必要があろう。外貨資金の調達難であり、それと密接に絡む格付けの引き下げである。農中の負債額は24年3月末時点で92.2兆円。系統機関であるJAから69.8%に相当する64.4兆円を集めている。そもそもJAはほかにおカネの持って行き場がないのだから、円資金の調達基盤は盤石である。

その一方で、市場運用資産の残高は24年3月末時点で56.3兆円。円での運用はその24%にとどまり、残り76%はドルやユーロなどの外貨だ。ドルは52%、ユーロは16%となっている。「調達は円、運用は外貨」という巨大ファンドが農中の実態なのである。

42.8兆円もの外貨資産を保有するためには、巨額の外貨資金を調達しなければならない。方法は二つある。①国内で持て余している円資金を外貨に換えて外債を購入する一方で、為替スワップ(先物の外貨売り)などの手法で為替リスクをヘッジする。②期間の短いドルなどの外貨資金を調達し、期間の長い米国債など債券を購入する。

農中の場合、外貨運用の少なからぬ部分が、②の短期資金調達に頼っていたものとみられる。その場合、円と外貨という通貨、短期と長期という期間の「ダブル・ミスマッチ(二重の不一致)」が生じる。

農中の運用担当者の大切な仕事が外国金融機関との良好な関係構築とされてきたのもうなずける。

農中の負債額のうち18.8%を占める17.3兆円は「その他調達」に分類されるが、少なからぬ部分が外貨の短期資金調達とみられる。この資金調達を支えてきたのは農中の信用力。S&Pの長期信用格付けでは、農中はA。三菱UFJフィナンシャル・グループはAマイナスだから、日本の金融機関のなかでは信用力トップである。

ところがダイヤモンドが暴露した内部資料のように、今後5年間が連続赤字の見通しとなると、S&Pなど海外の格付け会社も農中の格下げを検討しだすだろう。仮に現在のA格から二段階格下げされるとBBBプラス。その場合の資金調達の環境はかなりきつくなる。

そうでなくとも米国の利上げが直撃する形で、農中の外貨関連コストは24年3月期には5.25%と前の期に比べて2.83ポイントも上昇している。そんななかで、運用の失敗である。米長期金利の上昇に伴う米国債相場の値崩れが農中を直撃しているのだ。債券運用の損失は、22年3月期の3343億円が23年3月期には1兆7296億円に、24年3月期には2兆1923億円に拡大した。

前門の虎に後門の狼である。債券相場の回復を待とうにも、外貨調達コストの増加が農中の運用の屋台骨を揺るがしたのである。米国債など外債運用で損失を被ったのはメガバンクも同じ。にもかかわらずメガバンクは融資や外国株投資で稼ぎ、軒並み過去最高益を更新した。農中はなぜ外債、それも米国債への傾斜運用だったか。

つるべ落としの連結純資産

したり顔の解説も聞かれるが、農中がかねがねCLO(ローン担保証券)への投資を問題視されていたことを忘れてはなるまい。しかも自らの高格付けの維持には自己資本比率の確保が至上命令だった。銀行の自己資本に関するバーゼル規制によれば、米国債などのリスク掛け目はゼロ。対する株式のリスク掛け目は27年3月期にかけて段階的に250%に引き上げられる。

自己資本比率規制とは、リスク資産(分母)に対する自己資本(分子)の割合。米国債をいくら保有したとしても、分母となるリスク資産は増加しない。農中にとって自己資本比率を維持しながら、外貨で運用するには米国債はまたとない運用対象だったのである。

その成果というべきだろう。米国債運用で巨額の損失を被った24年3月期も、自己資本比率のコアの部分というべき「普通出資等Tier1」は16.43%と、日本の大手金融機関の中では依然最高水準。前の期の17.82%から1.4㌽しか低下していない。農中の奥和登理事長は5月22日の決算発表でも、経営基盤の安定性を強調した。

ならば、不思議ではないか。それだけ高水準の自己資本比率を誇るのに、なぜ1.2兆円もの資本増強を系統のJAなどに求めるのか。「会社や役所が比率を語る時には絶対額を見よ。絶対額を語る時には比率を見よ」。経済記者が新人の時に叩き込まれる、イロハのイである。自己資本比率が高水準というなら、自己資本の絶対額はどうなのか。

普通出資等Tier1は23年3月期の5兆3932億円が、24年3月期には4兆3517億円と、1兆415億円も減っているのだ。連結純資産をみても、22年3月期の7.2兆円が、23年3月期には5.6兆円、24年3月期には4.4兆円とつるべ落とし。連結純資産が2年間で4割近く減っている事態は、掛け値なしの経営危機である。

分子となる自己資本の減少に慌てた農中が、まず行ったのが分母のリスク資産圧縮。リスク掛け目の高い貸出金を、22年3月期の22.9兆円から、23年3月期には16.9兆円に圧縮し、24年3月期もその水準にとどめた。だがいくら分母を減らしても、分子が減り続ければ万事休す。かくて系統機関であるJAへの資本増強の要請となったのだ。

バブル崩壊後に不良債権の山になった住専向け融資の主役は系統下部組織の信用農業協同組合連合会(信連)だった。信連救済のため6850億円の公的資金が投入された。リーマン・ショック後に農中が被った巨額損失の原因は、住宅ローンなどを元手にした証券化商品の破綻だった。

「それならば」とばかりに、安全資産である米国債などに運用を集中させた揚げ句が今回の巨額損失である。矛盾の根源には、国内で農業関連の資金需要が乏しく、運用先を海外に求めざるを得ない農中のお家の事情がある。その農中は「奨励金」と呼ばれる金利上乗せによって、経営難にあえぐJAを支えているという事情がある。

こうしたもたれかかりの構図からして、結局のところJAは農中の資本増強要請を断れまい。だがその先に待ち受けているのは、緩慢なる共倒れの道なのではあるまいか。

   

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