追跡第4弾 消化器病専門医に途方もない製薬マネー

4年間に134249回──。医師向け講演会の講師などの業務を依頼した製薬会社が、専門医に払った謝金は97億円にのぼる。

2022年7月号 DEEP [医は算術]
by 尾崎章彦(医師)

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読者の皆さんのうち、これまでの人生において、お腹の症状と全く無縁で生きてきたという方はおそらくいないであろう。人間誰しも一度は、お腹が痛くなったり、お腹をくだしたり、吐き気を催したりという経験があるはずだ。かく言う筆者も、恥ずかしながらお腹が弱く、急に外気が冷え込んだような時は、お腹の調子がしばしば悪くなる。このように、お腹の症状は、多くの方々にとって、程度の差はあれ、身近なものと言えるだろう。

人間の体において、腹部には重要な臓器が数多く存在する。その主要な役割は、食物を消化し、生きていく上で必要な栄養素を獲得することだ。このように書けば、その役割は極めて単純であると、読者の方々は思われるかもしれない。しかし、実際には、それぞれの腹部臓器の機能は、神経系や内分泌系などにより、細胞レベルで極めて精緻にコントロールされている。当然、それぞれの臓器で様々な異常のパターンが存在し、それに対応するための多様な治療薬が製薬企業によって開発されてきた。必然的に、この領域(以下、消化器領域)においては、製薬企業と医療界との連携が強固であり、それは、医薬品開発のみならず、販売促進活動にも及んでいる。本稿においては、消化器領域における製薬マネーについて紹介したい。

専門医160人に「1千万円以上の謝金」

まずお示ししたいのが、消化器病専門医が製薬企業から受け取る謝金である。消化器病専門医は、日本消化器病学会が認定する専門医であり、学会からは、「内科あるいは外科専門医の見識を基本として、さらに消化器領域の疾患と病態を系統的に理解し、高い専門性をもった医療を提供して市民の健康に貢献する医師」と定義される。なお、日本消化器病学会は、1898年に設立された、消化器領域における日本最大の学会である。

「謝金」トップの鈴木康夫氏

筆者らは、2021年11月時点で、消化器病専門医だった22018人を対象に、92の製薬企業から2016年から19年に支払われた謝金について調査した。なお、ここで言う謝金とは、医療者などを対象とする講演会における、講師や座長といった業務への対価などとして支払われた金銭を指す。その点、法的な違法性はないが、金銭的利益相反の源となり、患者診療に不利益を及ぼす可能性がある。そのため、透明性の徹底を軸として、さまざまな形で対策が行われてきた。

さて、今回の解析の結果、製薬企業は、4年間の間に134249回にわたって消化器病専門医に業務を依頼しており、その総額は、合計約97億1749万円に及んだ。また、全体の52.8%に当たる11623人が少なくとも1度は謝金を受け取っていた。なお、調査が行われた4年間において、専門医全体における謝金の受取額中央値は約17万円に過ぎなかったが、同じ期間に、合計で1千万円以上の謝金を受け取っている方の数は160人に上った。では、どのような立場にある消化器病専門医が、多くの謝金を受け取っているのだろうか。ここでは具体的に二つ紹介したい。一つは、学会役員だ。学会役員は、一般に、学会内の推薦や選挙を経て、消化器領域の大学教授などから選任され、学会の方針決定や運営に携わる。業績だけではなく、知名度と政治力を兼ね備えることが多く、製薬企業からも、「営業力」を期待され、しばしば販売促進活動において、「提灯持ち」を依頼される。実際、今回24人の消化器病学会役員は全員が少なくとも1回は謝金を受け取っており、受取額の中央値は約1447万円に及んだ。

もう一つは、診療ガイドライン著者だ。花粉症ガイドラインについて書いた前回記事においても説明したが、診療ガイドラインは、ある特定の疾患において、最新の知見に基づき、その診断や治療の指針をまとめたものだ。その執筆に関わる医師は、その分野において強い影響力を持つため、やはり製薬企業の「営業」に抜擢されやすい。また、タチの悪い製薬企業によっては、診療ガイドラインに自社の製品を好意的に書いてもらいたいがために、「接待」の一環として、講演会などで初めの挨拶などの簡単な労務を依頼することもある。その辺りのくだりは、医師で推理作家の久坂部羊氏の小説「MR」などにも細かく紹介されているので、興味がある読者はご覧になっていただきたい。

さて、今回、日本消化器病学会が2016年から21年にかけて発行した、消化器領域における10の診療ガイドラインの執筆に関わった231人の消化器病専門医について分析した。その結果、90.5%に当たる209人が謝金を受け取っており、その受取額の中央値は約276万円だった。

では、消化器領域のうち、どのような分野において、これら消化器病専門医への支払いが多いのだろうか。この点について分析するために、特に謝金の受け取りが多かった上位7人の専門医について見てみたい(表参照)。なお、その全員が、本誌4月号に執筆した〈製薬マネー「高額謝金」受領者ランキング﹀(2016年から19年まで毎年1千万円以上の高額謝金を受け取っていた医師55人について詳報)においても、消化器領域の専門家としてランクインしていた。ちなみに、同記事において、消化器領域でランクインした専門家の7人(13%)という数は、15人(27%)ずつがランクインした心臓・血管領域(15人、27%)、糖尿病領域(15人、27%)に続く3番目の数である。さらに、彼ら高額謝金を受け取った消化器病専門医が専門とする分野を見ていくと、興味深い特徴が見えてくる。

「高額謝金」を受け取った上位7傑

それは、消化器領域において、多額の謝金を受け取る医師における専門分野の多彩さである。肝臓領域が3名、炎症性腸疾患が2名、その他、消化管運動異常と消化器内視鏡を専門とする医師が1名ずつと、この7名の中でも多岐にわたる。それと比較し、糖尿病領域で多額の謝金は受け取っている医師は、無論、全員が糖尿病の専門家である。

3位の熊田博光氏

このような消化器領域の特徴を踏まえ、本稿においては、特に3人がランクインした肝臓領域についてまず見てみたい。このうち最も多くの謝金を受け取っていたのは熊田博光氏で、4年間で約5545万に上った。熊田氏は、日本屈指の名門病院である虎の門病院において長く勤務経験があり、消化器科部長、副院長、分院院長などを歴任した。同じく約4970万円と多額の謝金を受け取っていた茶山一彰氏もかつて虎の門病院において、熊田氏の元での勤務経験がある。同院は、日本のウイルス性肝炎診療のメッカであったと言える。

さて、このような多額の謝金がウイルス肝炎の専門家に支払われるようになった背景が、C型肝炎に対して開発された直接作用型抗ウイルス薬の存在だ。

念の為改めて説明するが、C型肝炎は、C型肝炎ウイルスの感染によって発生する肝臓の病気だ。スクリーニング体制が未整備なころに輸血や血液製剤、予防接種の回し打ちなどで広まった。ウイルス感染により約70%の人が持続感染者となり、慢性肝炎、肝硬変、肝がんと進行する場合がある。現在およそ100万人のC型ウイルス感染患者がいると推測されている。従来、C型肝炎の標準治療は、PEG(ポリエチレングリコール)化インターフェロンの皮下注射とリバビリンの内服だった。C型肝炎ウイルスは幾つかの亜型に分かれるが、日本で7割程度を占める1b型には効きにくい。この結果、1年以上治療を続けても、半分程度しかC型肝炎ウイルスが体内から消えなかった。加えて、インターフェロンは全身倦怠感や発熱の発生頻度が高く、それに加えて、精神症状を引き起こすこともあり、継続できない患者も一定数いた。

しかし、2010年代に直接作用型抗ウイルス薬と呼ばれる薬剤が広く治療に用いられるようになると、その治療成績が劇的に改善する。直接作用型抗ウイルス薬を治療に用いることで、現在では、慢性肝炎から初期の肝硬変において、初回治療であれば、95%以上の人でウイルスを体内から排除することが可能となった。しかも、直接作用型抗ウイルス薬には、インターフェロンのような副作用が少なく、多くの患者さんが、治療を完遂できるようになった。

「謝金」を一切公表しない米ギリアド

米ギリアド・サイエンシズの日本法人が入居するグラントウキョウサウスタワー(HPより)

一方、直接作用型抗ウイルス薬に全く問題がなかったというわけではない。それは、その高額な薬価だ。直接作用型抗ウイルス薬の開発において先行したのは、米ギリアド・サイエンシズ社である。新型コロナウイルス感染症において、ベクルリー(レムデシビル)を開発した会社と呼べば、多くの方々にも馴染みがあるのではないか。なお、ベクルリーについても、もともとはエボラウイルス感染症に対して開発された薬剤を新型コロナウイルス感染症に対して転用したものだ。このことからわかるように、同社は、ウイルス感染症に対する薬剤の開発に強みを持っている。話が逸れたが、2015年5月に販売が開始されたソバルディの薬価は1錠61799円、9月に販売が開始されたハーボニーは一錠80171円であり、1コース12週間の薬剤費は、それぞれ約519万円、約673万円だった。

この2剤は米ギリアドに莫大な利益をもたらした。2015年度、ハーボニーは2693億円、ソバルディは1509億円をそれぞれ売り上げ、国内の医療用医薬品の売り上げランキングで、1、2位となった。当時、第3位の売上だった抗血小板剤プラビックスの売り上げが約1000億円だったことを考えると、この2剤の売り上げが、いかに破格であったかがわかる。その後、複数の企業が、C型肝炎に対して直接作用型抗ウイルス薬の販売を開始した。具体的に、アッヴィ合同は、2015年11月にヴィキラックス、17年11月にマヴィレットを、MSDは、16年11月にエレルサ・グラジナを、ブリストル・マイヤーズスクイブは、2017年2月にジメンシーを販売開始したのである。しかし、18年度に1177億円を売り上げ、全医薬品の中で売り上げトップに躍り出たマヴィレットでさえ、かつてのハーボニーやソバルディの成功に遠く及ばなかった。

理由は大きく二つはある。一つは、直接作用型ウイルス薬の治療効果が高く、既存の感染者が軒並み治癒してしまったこと、もう一つは、C型肝炎ウイルス感染症対策が充実した今、新規の感染者がほとんどいないことである。その結果、他社は、先行した米ギリアドのハーボニーとソバルディに、直接作用型ウイルス薬によって想定される売り上げの大部分を持っていかれたのである。ただ、ハーボニーとソバルディ自体の売上も2016年度には1647億円、713億円、17年度には470億円、347億円と急激に減少した。そして、19年度には、前年度売上げトップだったマヴィレット含め、直接作用型抗ウイルス薬は、売上ランキング上位200傑から全て姿を消してしまった。ある製薬企業関係者からは「治ってしまう病気で新規発病が限定的な感染症はマーケットとしては厳しい」といった声も聞かれたが、患者にとっては福音以外のなにものでもないだろう。

奇しくも、今回の調査期間である2016年から19年は、直接作用型抗ウイルス薬が次々と販売開始された時期に重なる。各社とも、他社に先んじてできる限り売り上げを上げるために、ウイルス性肝炎の専門家に講演会などの依頼を繰り返し行い、ちょっとした「直接作用型抗ウイルス薬狂想曲」の様相を呈したのが、当ランキングとも言えるだろう。

なお、余談だが、米ギリアドは、医療者に支払った謝金を公開していない。そのため、今回の解析においては、その謝金を計上できておらず、熊田氏や茶山氏の謝金の受取額は、おそらく過小に評価されていると考えられる。

米ギリアドが、医療者に支払った謝金を公開していないのは、日本製薬工業協会(以下、製薬協)に加盟していないからという理屈だ。確かに、日本では現在、同組織に加盟していない製薬企業には、製薬マネー透明化が要請されていない。しかし、これだけ大規模に日本で活動している以上、製薬協加盟の有無に関わらず、社会への責任として、自主的に、医療者に支払った謝金を公開すべきではないか。法的に製薬マネー公開が義務付けられている米国において同社は、しっかりと公開を行っており、2020年の総額は約34億円(1ドル=134円で計算)に上った。現在の日本の状況は茶番としか言いようがなく、改善が必要だ。

節操の無さに愛想を尽かされる前に

次に紹介するのが、炎症性腸疾患だ。炎症性腸疾患とは、一般的には潰瘍性大腸炎とクローン病を指し、いずれも消化管に慢性的な炎症を引き起こす。下痢や腹痛などの症状により、患者さんの日常生活に大きな影響を与えるだけではなく、大腸がんや腸管の穿孔(腸が破れること)・狭窄(腸が細くなること)など、様々な合併症につながる可能性がある。

依然、その原因がはっきりとわかっていない炎症性腸疾患であるが、近年は生物学的製剤と呼ばれる薬剤が重症例を中心に応用されている。代表的な薬剤としては、田辺三菱製薬が販売するレミケードが挙げられる。様々な炎症疾患に対して使われている同薬だが、2002年にクローン病を適応として販売が開始され、2010年には潰瘍性大腸炎に適応が追加されている。

その後、最近になり、生物学的製剤の選択肢が炎症性腸疾患で急速に広がっている。クローン病に対しては、2010年にヒュミラ(アッヴィ)、2017年にステラーラ(ヤンセンファーマ)、2019年にエンタイビオ(武田薬品工業)が、潰瘍性大腸炎に対しては、2013年にヒュミラ、2017年にシンポニー(ヤンセンファーマ)、2018年にゼルヤンツ(ファイザー)とエンタイビオ、2020年にステラーラが、それぞれ適応となっている。

ただし、日本消化器病学会が発行する炎症性腸疾患ガイドラインにおいても、これらの薬剤間の優劣は定められていない。また、その月々の薬価は10から20万円と高額である。

過去の記事でも繰り返し説明してきたが、そのような薬剤については、各社とも販売促進に力を入れる。そして、今回もそうであったように、専門家に多額の謝金が流れ込む結果となるのだ。

以上、本稿においては、消化器領域における製薬マネーについて解説した。筆者の考えでは、本来このような資金は新薬の開発に用いられるべきだ。また、製薬企業において、資金がだぶついているのであれば、国民皆保険の維持という観点からは、薬価の引き下げも議論されるべきだ。節操の無さに国民が愛想を尽かす前に、製薬企業、医療者それぞれが本来果たすべき役割に立ち返る必要がある。

著者プロフィール

尾崎章彦(おざきあきひこ)

医師

2010年東京大学医学部医学科卒。医師としての専門は外科学(乳腺腫瘍学)。2017年から、製薬マネーの透明化や製薬マネーが診療に及ぼす影響の追及に取り組む。

   

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