日本生命「地銀株売却」の深い読み

アフター・コロナの経済・社会を見通し、銀行セクターに続く売却対象を選び始めたようだ。

2021年5月号 BUSINESS

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日本生命の清水博社長

Photo:Jiji Press

日本生命保険が地方銀行を中心とした金融株の売却に動き出した。3月中旬に時事通信や共同通信が相次ぎ「日本生命、地銀株大量売却」と報じた後、金融市場やメディアでは「地銀再編の号砲が鳴った」といった観測が広がっている。

菅政権下での地銀再編が既定路線となった今、金融株の叩き売りが懸念されるのは当然だろう。しかし、大手証券会社の金融ウォッチャーの見立ては真逆だ。それは、すでに地銀再編の機運は後退しており、これから地銀株が浮上するだけでなく、しばらくの間、コロナ禍の地元への潤沢な資金の出し手として、重要な役割を担うという見方だ。この筋書きに沿って考えるなら、日本生命は地銀株の「最後の売り場」を摑んだことになる。

「Web経由で5割売却の通知を受けた」と、ある地銀の東京事務所関係者は打ち明ける。日本生命が各地銀に「株売却」を一斉に通知したのは、今年1月後半。日本生命の金融法人部門担当者が、地銀の東京事務所に面談を求めず、Webで売却を通知するという、コロナ禍とはいえ異例の対応だった。

ある地銀の関係者は「面談を求めないのは、よほど急いでいたからでしょうね」と同情するが、別の地銀関係者は「メールで別れ話を切り出された気分です」と複雑な表情を浮かべる。

新規制への対応を急ぐ

日本生命が通知した売却の割合はまちまちだ。前出の通り5割を通知された地銀も、それ以下の割合を示された地銀も、全株式売却を通知された地銀もある。共通しているのは、売却の理由が「2025年に導入される予定の国際的な規制への対応」を迫られた措置であり、「セクターとしてオーバーウェイト(過重)」であるという2点だ。

まずは国際規制を見てみよう。新規制では銀行の自己資本比率に相当する「ソルベンシーマージン比率」が抜本的に見直されることになる。負債や保有株の時価評価算定が厳しくなり、保険会社は自己資本を従来規制よりも多く積む必要がある。

国内の生命保険会社の健全性指標は高いとはいえず、日本生命はもともと株式保有額が多かったため、他社に比べて不利になる可能性があった。

日本生命の幹部らは多くを語らないが、同社には表に出ない最高権力者が存在する。宇野郁夫名誉顧問(86)である。バブル崩壊期を乗り越えた宇野社長時代(1997年から05年)から、日本生命は「相互会社形態であり続けること」「高い健全性を持つこと」の2点を決してブレない社是としている。

14年に保険料収入首位の座を第一生命保険に奪われた際、相談役の宇野氏が不快感を露わにし、経営陣は国内外の保険会社の買収に走り、トップに返り咲いた経緯がある。もし、大手生保の中で日本生命の健全性指数が劣後したら「宇野氏は黙っていないだろう」(保険業界筋)。地銀幹部も「ニッセイさんが新規制への対応を急ぐのは仕方がない」と諦め顔だ。

しかし、銀行セクターとして保有率が「過重」という指摘は事実なのだろうか。日本生命は売却の割合などを公表していないが、様々な情報を集約すると、今回の売却のロジックは①大手を含む銀行セクターを対象とし、②ある時点の時価ベースで30%相当を売却する、③売却しても明治安田生命保険などライバルとなる金融機関に保有比率順位を抜かれないようにする――ということになる。

01年に保険商品の銀行窓販規制が緩和されて以来、日本生命にとって地銀は重要な販路だった。しかし、コロナ禍も影響し、米欧の金利が低下する中、生保各社の売り上げを支えてきた外貨建て保険などが打撃を受け、回復を見通せない。金融アナリストは「生保にとって窓販促進のため地銀株を保有する意味が薄れつつある」と指摘する。実際に、ある地方銀行は「ニッセイさんから『今回は売却対象としない』と告げられる一方、暗に窓販などの取引拡大を促された」と語っている。

日本生命は地銀に先立ち、メガバンクにも保有株式の売却を通告していた。関係者は「大手銀行に対する売却の条件は地銀よりも緩かったようだ」と語る。その上で「仮にメガを合わせた銀行セクターの保有株式30%が売却されたら、総額で1千億円前後になる」と指摘する。当然と言われればそれまでだが、日本生命は銀行セクターを圧縮する規模を予め定め、その上で「営業でメリットがある地銀、メガバンク」と「そうではない地銀」を選別しながら、売却規模を通知していったと見られる。

売却条件の違いが明らかになるにつれ、地銀の側から「ニッセイの社長さんは田舎の銀行が嫌いらしい」(地銀首脳)といった怨嗟の声が聞こえてくるようになった。ある地銀幹部は「ニッセイさんと定期的に行ってきたトップ懇談会が、ここ数年、多忙を理由に開かれなくなった」と漏らす。こうした風評が、株売却の通告後、地銀の情報網で瞬く間に広がり、あらぬ噂を呼んだ面もある。コロナ禍とはいえ、日本生命の説明に不十分な点はなかったのだろうか。

地銀株は値上がりする?

もっとも日本生命による地銀株の売却が暴落を招くと見るのは早計ではないか。おそらく日本生命が地銀再編の引き金を引くことはないだろう。

特筆すべきはSMBC日興証券が3月下旬のリポートに「政府・日銀が地銀再編策を講じたが、状況は進展しなかった。統合してもトップライン・コスト両面で効果が乏しく、顧客利便性を損ないかねないことを各行が認識している」と記したことだ。そして、米長期金利の上昇に伴い、グロース株から循環するように金融株への資金流入が始まった。SMBC日興は、これまでは上昇が滞っていた地銀株で「遅れたアウトパフォーム」が起きると断言する。要は、地銀株は当面値上がりする。上昇相場で日本生命が手放していくのは「機関投資家として紳士的」(市場関係者)というわけだ。

とはいえ、一点だけ気になる情報がある。ここに来て、日本生命から「セクターとしてオーバーウェイト」を通知された企業が製造業にも現れたことだ。

日本生命は25年の新規制対応にとどまらず、アフター・コロナの経済・社会を見通し、銀行セクターに続く売却対象を選び始めたようだ。即ち、今年度以降、数年にわたり日本生命は様々な国内企業の株を手放すことになる。こうした動きが他の生損保各社に広がるのは時間の問題だろう。日本の株式市場全体を見渡せば、緩慢なる「ニッセイショック」が広がることになるのではないか。

   

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