「京都美術倶楽部」の闇

真贋も値付けも藪の中。外部から窺い知ることができなかった「美術商の闇」に、今、光が当たろうとしている。

2019年11月号 DEEP [商道徳の欠片もなし]

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日本の美術界には、美術商が業者間のオークションで取引する「交換会」というシステムがあり、歴史が生み出した。江戸時代初期、書画や茶道具などを扱う商人が現れ、本阿弥光悦のような著名な「目利き」も登場したが、多くは「道具屋」といった存在。本格的な美術商の登場は、明治に入り、大名家や寺院から書画骨董が大量に流出するのを待たねばならなかった。明治20年頃には美術商同士が作品を出品、購入しあうことが一般化。明治40年、約300人の美術商が集まって東京美術倶楽部を結成。前後して名古屋、京都、大阪、金沢に美術倶楽部が設置され、5都美術倶楽部の体制が整った。美術倶楽部は、交換会などの美術品の取引市場を開設するわけだが、この交換会などでの入札に参加するには、当該倶楽部とセットになった東京、名古屋、京都、大阪、金沢の美術商協同組合に加入しなければならない。その資格を ………

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