美の来歴⑩ 一葉が見た「対岸の西洋」

鏑木清方「築地明石町」異聞

2019年4月号 LIFE [美の来歴]

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明治20年2月21日午前11時すぎ、15歳の樋口なつ、のちの一葉は小石川安藤坂の歌人、中島歌子が主宰する歌塾「萩(はぎ)の舎(や)」の発会の場にのぞんだ。会場の九段坂の万亀楼(ばんきろう)には晴れ着に装った華族や富貴権門の夫人、令嬢たちが続々と集い、華やかにさんざめいている。宮廷サロンの趣さえあったこの歌塾に、なつは14歳のころから通った。幕府直参の士分を持ちながらも瓦解で失い、ようやく東京府の下級官吏にありついた父が、質実な下谷の町家暮らしのなかで通わせたのである。前夜、一葉は母が知人から融通してきた「緞子(どんす)の帯一筋」と「八丈の萎えばんだ衣一重」の古着に大きな屈辱と悔しさを覚えたが、気を取り直して裾を引きほどき、火熨斗(ひのし)をあてた。古着に甘んじて華やかな発会に連なったが、この日の披講では「月前の柳」という兼題に「打ちなびくやなぎを ………

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