2015年8月号 連載 [いまここにある毒]
昭和20年6月、壮年の病兵が一人、石家庄(河北省)の陸軍病院で危篤に陥った。朦朧として沖縄の陥落を聞き、夢寐(むび)にも戦前訪れた懐かしい島の男女や眺めが浮かんでは消えた。やっと小康を得て、佐藤惣之助の歌のきれはしが頭をかすめる。上句の「そらみつ大和扇を」と結句の「みやらびあはれ」の間の三句がどうしても思いだせなかった。「みやらび」とは沖縄で乙女や美童を指す美称である。8月15日の玉音放送はよく聴こえず、深夜、隣室から女たちの嗚咽(おえつ)が漏れてきて何が起きたかを悟る。一輪の向日葵(ひまわり)が黒々と見えた。今ではきれぎれの歌の欠部を埋められる。そらみつ大和扇をかざしつつ来よとつげけむ「みやらび」あはれこのなまめかしさと哀しさ。作者は古賀政男の演歌「人生劇場」「人生の並木道」などや応援歌「六甲おろし」も作詞しているから、どこかで聞き覚えがあ ………
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