教科書の「源頼朝像」は別人だった

誰もが知っている国宝「頼朝像」は足利直義だった。虚構の国民神話はなぜ生まれたか。

2011年7月号 DEEP

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京都・神護寺が所蔵する『伝源頼朝像』といえば、平安末期の宮廷歌人、藤原隆信が描いた「日本最古の肖像画」として知られてきた。国宝に指定されてからすでに60年が経過し、歴史教科書や美術書などを通して鎌倉幕府の棟梁、頼朝のイメージを国民に定着させた図像である。フランスの作家で戦後ドゴール政権の文化相を務めたアンドレ・マルローが「東洋のジョコンダ(モナリザ)」と絶賛したことから、国際的にもプレミアがついた作品だが、10年余り前に一部の研究者から「1世紀半ほどあとの時代の足利直義をモデルにした作品」とする説が公にされて、その像主(モデル)と作品の背景をめぐる論争を広げてきた。

胎内銘解読で「真像」を特定

こうしたなかで最近、日本史学者の黒田日出男が甲斐善光寺(山梨県甲府市)の所蔵する源頼朝の坐像(木像)について、写真撮影された胎内銘(彫像などの内部に記された由来の記述)の分析を ………

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