日本の「死の舞踏」と我慢の合唱

2011年6月号 連載 [いまここにある毒]

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死の遍在を誰も不思議と思わなくなった。風景は何も変わらない。が、昨日と同じ明日が来ない。怱忙(そうぼう)の間、つい忘れていた。女優エリザベス・テイラー79歳の死である。50年以上前、三番目の夫マイケル・トッドと一緒だったころの彼女と、食事を二度したという女性に会った。どうでした? と聞くと、「目が遠くにあって、心ここにあらず」。等身大のハリウッドの女神は不機嫌だったという。彼女はどんな役を演じても彼女だった。「私は私になりたい」。映画の台詞のとおりだ。裏返せば、他人を演じられない。痛ましいのは、薹(とう)が立った60年代後半以降である。演技なんて生やさしいものではない。肥満した体を震わせ、顔を歪め、絶叫する姿は、驕慢の果ての自己破壊を思わせた。その極はテネシー・ウィリアムズが自作を脚色し、ジョゼフ・ロージーが監督した『夕なぎ』だろう。死にゆく ………

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