牧野伸顕日記と吉田茂

大戦前夜、舅と婿の交信

2010年10月号 連載 [日記逍遥 第21回]

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「有田次官入来。吉田茂へ帰朝命令を発したる趣内報あり。伊太利へ再帰は望少かるべく、他へ転任か内地留任かは未定との事」昭和7年7月29日、内大臣牧野伸顕の日記は、有田八郎外務次官の情報として、イタリア大使吉田茂に帰朝命令が下ったことを告げている。すでに3月に、岳父である牧野のもとには、ジュネーブの国際連盟臨時総会に出席した吉田からの手紙が届いていた。1月に勃発した上海事変のために連盟の空気は一変し、満州事変直後は「大国として終始致し処、今度総会ニてハ全く被告の感有之」となっており、松平恒雄駐英大使とも相談のうえ、この変化を本国要人に直接伝えるべく帰朝を願い出ている。「一応御口添願度と存候」と記してあった。だが再三の帰朝要請も芳沢外相によって拒絶され、五・一五事件で斎藤内閣が成立、内田康哉が外相に就任することで、ようやく実現する。*牧野伸顕は、文 ………

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