戦間期の日記と8月15日

「究極の共同幻想」の記録

2010年9月号 連載 [日記逍遥 第20回]

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その日、徳川夢声は東京の自宅にいた。心配した自宅は戦災を免れる。「正午、天皇陛下ノ御放送アリ。昼飯、豆ヲスリ、残リノ味噌汁ト混ゼ、青紫蘇ヲ入レル」補足するように印象を記している。「何といふ清らかな御声であるか。有難さが毛筋の果てまで滲み透る。再び『君が代』である。足元の畳に、大きな音をたてて、私の涙が落ちて行つた」庭からアメリカ製のミシンを掘り出し、南瓜とトマトの生育を確かめ、「飯一杯」の夕食をとる。「省線、常ニ変ラヌ音タテテ走ル」富田重亭医師、次いで大森啓介画伯がやってくる。「誰か、然るべき男の人と、今夜は語り合いたい」と思っていたところだった。食料の不安、進駐軍への恐れから、病院の事件など、話は四方山にわたり、いつしか笑い声に変わっていったという。その日「反軍の神様」斎藤隆夫は郷里の兵庫県出石町に疎開していた。「正木来り、十二時重大 ………

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