後藤元組長「憚りなき」爆弾

6代目に除籍され得度し、冤罪映画にポンと3億円。だが、回想録では創価学会との密会など暴露も。

2010年6月号 DEEP [山口組武闘派の転身]

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後藤忠政――日本で最も著名な暴力団組長の一人だった。過去形なのは、2008年10月、6代目山口組の除籍処分を受け入れて、引退したからである。その半年後の09年4月、後藤は神奈川県の無常山浄発願寺で得度する。「元ヤクザ」という肩書から逃れ、新しい人生を歩むためで、僧籍は得なかったが、法名は授かった。「忠叡」という。浄発願寺は天台宗の寺である。後述するように、後藤は民族派右翼の故野村秋介(1993年自決)と親しく交際、同寺の住職との出会いは、野村が縁となっている。後藤忠叡となって最初に手がけた仕事が、映画製作だった。

袴田事件映画のスポンサー

66年6月、静岡県清水市で起きた袴田事件を映画化する企画である。元プロボクサーの袴田巌(事件当時30歳)は、一家4人を殺害のうえ放火したという容疑で逮捕・起訴され、死刑判決を受けた。袴田は今も東京拘置所に収監中だが、弁護側は冤罪を訴え、再審請求を ………

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