2009年9月号 連載
8月の森閑とした炎天に、いつも「最後の賢治」の姿を思い浮かべる。昭和8年、つまり1933年の夏、宮澤賢治は死の床にあった。結核の病躯に鞭打って、生涯書きためた詩稿を浄書していく。すべて文語詩だった。ただの筆写ではない。推敲魔の彼は、最後まで斧鉞(ふえつ)を加えずにはいられなかった。8月15日に『五十篇』、22日には『百篇』(実際は101篇)を終える。何かにせかされたような速さだ。弟清六につくらせた赤い罫の特製原稿用紙に、息を凝らして一字一字記す賢治は鬼気迫る。▼浄書を収めた和紙の箱に「本稿集むる所、想は定まりて表現未だ足らざれども、現在は現在の推敲を以て定稿とす」と書いたが、恐らく二度と推敲の機会はないと覚悟していたろう。透明で哀しい響きの文語詩稿をここで批評するつもりはないが、なかに一編、選挙と競馬(馬追い?)を重ねて比喩にした『選挙』という詩があ ………
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