石射猪太郎日記とバロン薩摩

タイで幻の金鉱採掘計画

2009年8月号 連載 [日記逍遥 第7回]

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「門地以外に取柄の無い男である。日本は今度こそ真に非常になつて来たのに、コンな男を首相に仰ぐなんて、よくよく廻り合せが悪い」だれのことやらと思ってしまうが、ときの首相は近衛文麿、昭和12年夏、盧溝橋(ろこうきよう)事件から1ヵ月後の外務省東亜局長・石射猪太郎(いしいいたろう)の日記である。石射については、昭和25年にすでに『外交官の一生』が刊行されている。数多ある外交官の回想録の中でも白眉と評され、橋川文三も「私の好みでいえば、あえてその中の最高の記録というにはばからない」と激賞している。時代への的確な見通し、衆に秀でた胆力、筋を通す生き様、それらが外交官らしからざる直截な表現で綴られているからだろう。だが回想録が日記となると、表現は「直截な」から「歯に衣を着せぬ」へと変わる。最も標的とされたのは外務大臣広田弘毅であった。「外務大臣がこれ程 ………

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