2008年9月号 連載
棺を覆いてのち評価が定まらぬ人がいる。8月3日、89歳で亡くなった作家アレクサンドル・ソルジェニーツィンもそのひとりだろう。迷った。本誌の「ひとつの人生」に追悼記を載せるかどうか。「Gulag」というロシア語、「Archipelago」というギリシャ語を耳にしたのは彼の大作のおかげだ。でも、『収容所群島』と訳されて、抜き難い違和が残った。▼archiは「原」、pelagoは「海」、ギリシャの多島海、エーゲ海のことである。あの果てしない殺伐たるシベリアに点在する収容所の見えざる海図。弧状に連なる日本列島のイメージではとても代用できない。類を絶した暗鬱な囚人の群れと、無数の粛清は翻訳不可能なのだ。出版されればソ連が崩壊し、世界が変わると言われた『収容所群島』は、本になったら退屈で何も起きなかった。▼ロシア人も彼を忘れた。亡命したソルジェニーツィンは、西欧でもてはやされる反 ………
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