忍び寄る「大テロ」の破局

不気味なほど第一次大戦前夜に似ている。思考の幅を広げ、核心のパレスチナで大胆な解を打ち出せ。

2007年9月号 GLOBAL [イスラム・クライシス]

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1914年6月28日、サラエボに銃声が響いた。セルビア民族主義の「刺客」カブリロ・プリンチプが、オーストリア・ハンガリー二重帝国の皇位継承者フランツ・フェルディナント大公と妃ゾフィーを殺したのだ。この暗殺は、セルビア軍が誤ってドナウ川を渡って越境するなど不運な喜劇的ミスが重なり、翌月には第一次世界大戦を引き起こした。列強はこぞって軍の大動員に走り、牙をむく戦争の犬を制しようにも、もう手遅れだった。そのほんの数年前まで、欧州大陸で全面戦争が勃発することなどもはや考えられないというのが通念だった。各国経済は緊密にリンクしていて戦争は高くつくから自ずとブレーキがかかるし、各国王室も婚姻や血縁関係で結ばれていて互いに戦う理由がない、という。この有名な謬説は、ノーベル平和賞を受賞した英国の経済学者ノーマン・エンジェルが、1910年代に欧州のサロンを魅了した ………

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