「物足りる」を求めて
2007年8月号 連載 [ひとつの人生]
いま、能では誰が一番うまいの? と、榮夫さんに聞いたことがある。彼は即座に「僕」と答えた。――しかし、実は、彼ほど謙譲の徳を自然に身につけた人間に、あまり出会ったことがない。1960年という年の「メーデー前夜祭」に、構成木下順二・演出千田是也という、戦後史をつうじてこの時期にしかあり得なかった組み合わせのシュプレヒコール(合唱・群舞・寸劇などを含む構成劇)があって、榮夫さんは千田さんの、私は木下さんの、それぞれ助手として、広い代々木体育館をコマ鼠のように走り回っていた。彼は何でも出来た。女優さんたちの和服の帯を手早く結んでやったり、大道具や照明などの技術も理解し、洋舞・洋楽にも詳しく、かつ、それらをいっさい鼻にかけることがなく――つまり、クロウトでありながら、私どもシロウトと感性を共有して、ジグザグデモに駆け回ることができた。時代が「ジャンルを ………
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