次の私鉄統合は「東急・小田急」か

関西の次は関東大手が標的に。背後にみずほコーポレート銀行の思惑も。

2007年2月号 BUSINESS

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 80年前、東京にもう一つの環状鉄道を建設する構想があった。大井町から明大前、中野、板橋、田端などへ延びる、いわゆる「第二山手線」プロジェクト。1927(昭和2)年に鉄道省から敷設免許を受けて「東京山手急行電鉄」が設立され、その社長に就任したのが小田急電鉄の創業者、利光鶴松(1863~1945年)である。大分県に生まれ、自由民権運動に身を投じた利光は30代で代議士となる。一方で鉄道・電気・ガスなどのインフラ事業を手がけ、大正・昭和初期の政財界の重鎮として名をなした。ただ、戦時統制色が濃くなってからは影響力が後退。42(昭和17)年には手塩にかけた小田急電鉄が「強盗慶太」の異名を持つ五島慶太(1882~1959年)が率いる東横電鉄(現東京急行電鉄)に吸収されてしまう。 五島の征服欲はすさまじく、小田急と同時に京浜電鉄(現京浜急行電鉄)を、44年には京王電気軌道(現京王 ………

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