「巷談師」安吾追慕

2006年12月号 連載 [硯の海 当世「言の葉」考 第8回]

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 どこにでもあるいわゆる牛丼の店に、これまで一度も入ったことがない。入る機会がなかった、というのではなく、自分の意志で、それもかなり固い意志で、入るのを避けてきた。理由は単純で、食べたらきっとうまいと思うに違いないからである。うまいと感じている自分を想像するのがいやだったのだ。これがうまいと感じるなら、長い間、食通たらんとがんばってきた自分はなんだったのかと。 坂口安吾にずーっと近づかなかったのも同じような理由からである。若い頃、だれでも罹るはしかのように太宰治にかぶれた。太宰の呪縛からは簡単に(といってもかなりの時間がかかったし、いまでもぶり返さない保証はない)抜け出したが、坂口安吾は、本能的に、これにかぶれると太宰と違って面倒なことになる、すなわちのめりこんでしまいそうな危うい作家という予感のようなものがあった。だから、坂口安吾は若 ………

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